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クロード家の云々  作者: カキちゃん
第三章 
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第61話「路地の棘」Part2

ラグーザの拠点から北西へ車でおよそ三時間。丘陵地に張りつくように広がる都市カリスベッタは、夜風に晒された石壁と、色褪せた看板の並ぶ“寂れた街”だった。


アラタは指定の住所に着くと、短く息を整え、ため息まじりに扉をノックした。内側から小走りの足音。ガチャリ、と鍵が回り、扉が開く。


「こんにちは、依頼を受けてくださった方……ですよ……ね?」


目の前に立った女――ノーラ・カルディは、アラタの顔を見て露骨に表情を凍らせた。


「よう。久しぶりだな?」


「……なんで、貴方が……」


「なんでも、お前が依頼したんだろ。だから俺が来た。それだけだ」


「そう……とりあえず、中に入って」


石造りの室内は、黄味がかったベージュの壁で統一され、どこか乾いた温もりがあった。古いが、清潔に保たれている。


「ママ~」


小さな影が廊下の曲がり角から飛び出し、ノーラの腰に抱きつく。ノーラはその子を抱き上げた。


「ふーん。結婚したんだな」


「……夫とは離婚したけどね」


「運がいいな、その男」


嫌味混じりの言葉。ノーラは反論もせず、俯いたまま小さく肩を震わせる。


「それで。貴方が来たのは、本当に依頼だけ?」


「どうだろうな」


「……いいわ。それで依頼の内容だけど――知ってるわよね。もしかしたら狙われてるって話。親も私のこと、あまり良く思ってない。この子には私しかいないから……」


淡々とした説明の隙間に、かすかな怯えが混じっていた。アラタは、心のどこかで「ずいぶん変わったな」と思う。


――十三年前の夜が、脳裏に蘇る。


場所はセルカ島西岸、小港町サンタ・ベルダの旧港。アラタは夜間の荷役、ノーラは倉庫事務。夜を生きる者同士、自然と距離は縮まり、やがて恋人になった。


その“日常”は、唐突に終わりを迎えた。轟々と立ち上る火柱。警報。人だかり。鎮火のあとに残ったのは、焦げた匂いと、疑いの目。


引火剤の跡。意図的な放火そう鑑識は言った。警察は夜間スタッフを順番に呼び、問いただした。アラタは、やっていないと告げる。


決定打は、一行の供述だった。


「ノーラが、アラタが火を点けるところを見たと……」


内臓を素手で掴まれたような感覚。理解は容易だった。貨物の食い違いを覆うためそういう筋書きに、たった一人の女の言葉が辻褄を与えた。


裁判。積み上がる“状況証拠”。崩れない嘘。


その時だ。ある男が現れた。


先代ボス――ラグーザの外にも太い顔の利く男は、法廷で短く証言した。


「他の奴がやっているのを見た」


たったそれだけ。それで再調査は動き、糸は逆巻き、ノーラの名へと戻っていく。真犯人は彼女――そう結論づけられた。


後でアラタは先代に訊いた。「本当に見たんですか」と。先代は肩を竦める。


『見ちゃいない。ただ、お前はやらないと思った』


『理由は?』


『火が上がった時、お前は他の連中を助け出していた。私利私欲で動く奴は、ああは動かん。――うちに来い。お前みたいな奴がファミリーにいるのは、悪くない』


それが、アラタがクロード家へ入った理由であり、彼が“今”ここに立つ始まりでもある。


――現在。


目の前のノーラは、かつての彼女らしからぬ声音で「この子には私しかいない」と言った。他人の背に刃を置いた女が、いま、他人に助けを求めている。


アラタは長く息を吐き、短く頷いた。


「……まあ、そういう話なら分かった。これから数日、お前と子供の護衛。それと、犯人と思しき奴がいたら確保する。安心しろ。依頼はちゃんと遂行する」


その言葉に、ノーラの強張った顔が、ふっとほどけた。救われたように、目の色が柔らぐ。


(――あの頃とは、違うのか。それとも、“親”になっただけか)


アラタは視線を窓の外に投げ、夜の気配を吸い込む。背に悪意の気配はない。だが、路地はいつだって、次の角で牙を剥く。


「じゃ、段取りを決める。今夜から張り付くぞ」


静かに、それでいて確かな決意が、部屋の空気を引き締めた。


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