第5話「消えた本棚」Part2
「ちょっと、家の中をもう少し調べさせてもらってもいい?」
そう尋ねると、依頼主の男性は「ええ、どうぞ……」と、やや緊張した顔で頷いた。
ボクは頷き返しながら、改めて書斎を見渡す。床には掃除の跡がある。本棚があったはずの壁には、ほんのわずかに日焼けの痕が残っていた。
まるで本棚の“輪郭”だけが時間から切り取られたみたいだった。
背後から視線を感じる。
ふと振り返ると、廊下の奥──扉の隙間から、依頼主の奥さんがこちらをじっと見ていた。
細く鋭い目。無表情。まるで、ボクたちが家の空気を乱す侵入者に見えてるみたい。
でも彼女は何も言わない。ただ見るだけ。
(……ああ、神経質そうな人だ。なんか苦手)
ボクは気を取り直して、家の鍵と窓の状況を確認して回ることにした。
「鍵は全部閉めていたはずです」と依頼主は言っていたけど、記憶なんてあいまいなもので、見落としがあるかもしれない。
“侵入された”可能性がある以上、どこかに“穴”──つまり、警戒が甘かった場所があるはずだ。
ひとつひとつ丁寧に確認していき、やがて2階の廊下に差しかかったときだった。
本棚が消えた書斎のちょうど向かい側にある部屋。その窓の鍵が……かかっていなかった。
「……ここだね」
ボクはぽつりと呟いた。
バルタが後ろから顔を出す。「あったのか?」
「うん。この窓、鍵が下りてない」
バルタは眉をひそめて窓を覗き込んだ。
「でも、ここ2階だぞ。外から入るなんて簡単じゃねぇだろ」
「だからこそ、面白いんだよ」
ボクは微笑みながら窓を開け、外を覗いた。
手がかりを探るには、外から見た方が早い。そう思って下に戻り、家の外周をぐるっと回り始めた。
そして──見つけた。
その部屋の真下、コンクリートの地面に、小さな凹みがあった。
細長く、先端がやや潰れたような形。
「これ……何か細長いもので勢いよく突いた跡に見える」
「棒、みてぇなもんか? でもよ、こんな住宅街で夜中に棒で2階の窓まで登ってたら、絶対誰かに見られるだろ。バカでも気付くぜ」
バルタが言うのももっともだった。
街灯がある。隣家の窓も近い。静かな夜なら、窓の開閉音だって響くだろう。
……じゃあ、どうやって?
そこでボクはもう一度、依頼主に話を聞くことにした。
「ねえ、昨日の夜……何か変わったことはなかった? 物音とか、気になることでもいい」
依頼主は最初「特には……」と答えかけて、それから「あっ」と何かを思い出したように顔を上げた。
「……そういえば、夜中に一度だけ、“ドンッ”って、壁を叩いたような音がしたんです。大きな音ではなかったけど……地鳴りみたいな、短い衝撃音でした」
「時間は?」
「たしか、午前2時頃だったかと……」
その瞬間、ボクの中でひとつの仮説が形を成した。
「ありがとう。それでたぶん……分かった気がする」
ボクは再び2階の窓を見上げた。
──能力を使って、下から一気に跳躍して、窓に取りついたんだ。
何かの“圧力”か、“加速力”か。
それなら地面にあった痕の意味も、壁に響いた衝撃音の理由もつじつまが合う。そして運良く誰にも見つからなかった。
でも、本棚を“丸ごと消す”っていうのは……どうやって?
持ち運ぶのは不可能だ。
燃やしたり壊した跡もなかった。
つまり、“本棚そのものを存在ごとどこかにやった”か、“跡を残さない形で消失させた”か──
ボクは確信した。
相手は“実体あるモノ”を扱う、物質系の能力者だ。
ただの泥棒じゃない。遊び感覚か、あるいは……試してる。
誰かに見つけてもらうのを、楽しみにしてるような、そんな痕跡。
ボクは依頼主に向き直ると、静かに言った。
「ちょっと、この住宅街の周辺を見てくるよ。なにか、ヒントがある気がするんだ」
「お気をつけて……」
依頼主が頭を下げるのを背に、ボクは歩き出す。
背後で、あの奥さんの視線がまだボクの背中を射抜いている気がした。
──犯人は、まだ近くにいるかもしれない。
ボクたちの“推理”を、面白がって眺めているような気すらする。
だとすれば……
この“消えた本棚”事件、ただの異常じゃ終わらない。
書いてて思ったこと「こいつらマフィアじゃなくて探偵じゃね?」