第55話「プリンチペ・ディ・ソルツァの怪」Part2
エレベーターの扉が静かに開き、シュティーとミオナは事件のあった四階へと足を踏み入れた。
一見、異常などどこにもない。磨き上げられた床、豪奢な絨毯、静謐な空気。だが、ここが“出られない”階であると知っているだけに、違和感は否応なく肌を撫でる。
シュティーは「出られない」という感覚を自分の身で確かめるべく、再びエレベーターに乗り込み、一階のボタンを押した。
数秒後――軽い衝撃と共にドアが開く。そこに立っていたのは、さっき別れたはずのミオナだった。
「やっぱり出られない感じですかね?」
不安を隠せない声。
「だろうね。ぱっと見じゃ何もおかしくないのに、ちゃんと閉じ込められるようになってる」
エレベーターを降りると、二人は手分けして各部屋の調査を開始した。
最初の部屋に入ると、そこは何の変哲もない高級客室だった。
「部屋に変わったところはないのかなー?」
そう言って部屋を後にした瞬間、シュティーは小さな違和感を覚えた。
それは、ミオナの声がその答えをくれる。
「あれ? シュティーさん、今401の部屋に入りましたよね?なんで405から……」
視線を向けると、ミオナが出てきた部屋のプレートには“406”と刻まれている。
たしか、彼女が入ったのは402のはずだ。
「なるほど……『Aの部屋に入ったのに、Bの部屋から出る』か、『Aだと思ったら最初からBに入っていた』か。どっちかのパターンだね」
だが、この現象は四階から出られないことそのものとは直結していない。
シュティーは財布から硬貨を取り出し、405号室へと投げ込んだ。
硬貨はドアをくぐった瞬間、消えた。そして遠くで金属が落ちる乾いた音が響く。音の発生源は408号室だった。
「多分、“ドアをくぐる”って行為を判定にして、別の部屋へ飛ばしてる感じだね。半分だけ入れたらどうなるのか……」
興味本位でシュティーはミオナに408号室で待機してもらい、手だけを部屋に差し入れる。
「……出てきませんよー?」
「ふーん。全身入らないとダメなのかな」
そう呟き、彼女は部屋に足を踏み入れた瞬間、背後から「わっ!」と声が上がる。振り返れば、そこにミオナが立っていた。
「びっくりしたぁ……瞬間移動みたいに、気付いたら目の前にいましたよ」
「なるほどね。……この性質だけでも、閉じ込められた人間の心はじわじわ削られるだろうね」
408号室を出て調査を続ける。このホテルはスイートや特別室の番号が飛んでおり、転送現象との規則性は見いだせない。
「うーん……とりあえず、他の階も調べて違いがあるか見よう」
そう言ってシュティーは携帯を取り出し、支配人へ連絡を入れる。
すると、虚空からぬっと影が伸び、支配人が姿を現した。支配人の能力で一階へ戻る。
「いかがでしたか? 何か変わった点などはございましたでしょうか?」
「各部屋が別の部屋に繋がる異常はあったけど、四階から出られないことと直接は関係なさそうかな。他の階も調べて、もう一度四階に行くよ」
「左様でございますか……何か必要な物などは?」
少し考え、シュティーは答える。
「見取り図か設計図が欲しい。それと事件が起きた一週間前、多めに見てその前後の宿泊客リストも。スタッフの情報も一応まとめておいて」
「シュティー様は、お客様の中に異常を引き起こした者がいると?」
「そうだね。スタッフが犯人の可能性もゼロじゃないけど、突然の異常なら一週間前後に宿泊していた客が怪しいかな」
「かしこまりました」
支配人は静かに頭を下げ、闇の中へと消えていった。
残された二人は、四階以外の調査へと足を進める――。




