第53話「凍える終着点」
「ただいま〜」
ある日のこと、アラタが軽快な声と共にクロード家の拠点へと帰ってきた。今日も今日とて、ミオナへの指導をするためだ。
「あ、おかえりなさいアラタさん」
キッチンから、ミオナがひょこっと顔を出す。どうやらバルタに料理を教わっている最中らしい。
「ミオナ育成計画に料理の勉強もあったとはな。いつもバルタの飯だったから新鮮だな」
「いや、でも私全然下手ですよ? バルタさんに教わってるからそれなりに出来ますけど…」
「女の子の手作りってだけで価値があるんだよな〜」
アラタはニヤリと笑い、周囲を見やりながらソファに腰を下ろす。刀を手入れしているディノに問いかけた。
「そういえばボスは?」
「あぁ……お嬢なら今頃“監獄島”にいるだろうな」
ディノの何気ない一言に、アラタの表情が驚きに染まった。
海上。
シュティーは、エルメルからの呼び出しを受け、CIDの輸送船に揺られていた。
「監獄島」──ソルズカ共和国本土から約400km離れた孤島に築かれた、能力犯罪者専用の収監施設。
島全域が所長エルメル・ヴェロスの能力によって凍結されており、世間では畏怖と諦観を込めて“能力者の終着点”と呼ばれている。
その凍える終着点へ、シュティーは向かっていた。
数時間後、監獄島に到着。
甲板から軽やかに飛び降りた瞬間、肌を刺すような冷気が全身を包み込む。
「……寒っ」
対策を怠れば、ほんの数分で体温が奪われそうな寒さだった。
重厚な扉の前へ歩み寄ると、中から一人の女が姿を現す。
「あ、シューちゃん〜! やほやほ〜! おひさ〜」
「久しぶりだね、ミルム。今日も元気そうだね」
監獄島看守長・ミルム。看守服こそ着ているが、漂わせているのは威厳ではなく、陽気なギャルの空気。
「エルたんまだ仕事してるから、ちょい待ち〜」
案内された応接室は、島全域の凍結にもかかわらず、繊細な操作によって快適な温度が保たれていた。
ミルムが差し出したコーヒーを一口飲むシュティー。
「あっっっっま!! 何これ!」
「あ、ごめ〜ん、それエルたんのだったわ。新しいの入れてくるね〜」
軽やかにコーヒーを回収して出ていくミルム。
「……エルメル、相変わらず甘党だな」
そんな独り言を呟いたところで、ガチャリと扉が開いた。
鋭い青の瞳、白い肌、銀の短髪。軍服姿で現れた男は、監獄島所長エルメル・ヴェロスだった。
「やっほ〜エルた〜ん、激甘コーヒー飲む?」
からかうように声をかけるシュティー。
「その呼び方はやめろ。それにコーヒーはミルムが勝手にやっている」
「へぇ? でも毎回飲み干すんでしょ?」
「……そんなことはいい」
エルメルは話を遮り、対面に腰を下ろす。
「派手にやったようだな?」
その一言で、彼が指しているのがバスクファミリーとの戦いだと理解する。
「CIDが結構協力してくれたからね」
「ふん。レガルド・バスクおよびフェルナの殺害は隠蔽されているようだしな」
冷気がわずかに漂う。
「そこまでされると、CID内部で揉めそうだな〜って思ってるけど」
軽く返すシュティー。しかし視線は鋭くエルメルを捉えている。
「で? 今日はそのために呼んだわけじゃないでしょ?」
懐から封筒を取り出し、中の2枚の写真を机に置く。
1枚はぼやけた人物像。もう1枚は銀色の筒。
「最近、能力者の行方不明が増えている。調査の結果、この人物が関与している可能性が高い。正体は不明だがな」
シュティーは無言で写真を手に取り、視線を細める。
「そしてこれが“能力活性化剤”──通称ブースターだ。一定時間、能力を強化する薬物で、CIDが回収したものを分析したが、中身は合成薬物の類だった。何故これで能力が向上するのかは不明だが、使用者による犯罪が急増している」
「……つまり、能力者失踪事件への警戒と、もしブースターがセルカ島で流通したら犯人を突き止めろってことね?」
「そういうことだ。CIDも難航している。裏社会が絡むなら、クロード家のような筋に頼むしかない」
「でもなんでエルメルが?」
「……さぁな。直接より、私経由のほうが都合がいいのだろう、ここなら誰にも聞かれないしな」
「ふーん……。じゃあ何か分かったら連絡するわ」
立ち上がり、出口へ向かうシュティー。その背を、エルメルが呼び止めた。
「待て、シュティー・クロード。ひとつ言い忘れていた」
「んー? 何?」
「これは……貴様自身に関わる話だ…貴様は…」
その言葉を聞いた瞬間、シュティーは微笑み、「ありがとう」とだけ告げて部屋を後にした。
3章始まりまーす




