第51話「束の間の平穏、新たな門出」
カジノの扉を押し開け、シュティーはミオナとリリーを伴って外へ出た。
夜気の中、通りにはCIDの職員たちが忙しなく動き回っている。あちこちで無線の声が飛び交い、重々しい足音が石畳を打つ。その騒然とした光景を横目に、三人が足を踏み出すや否や、影がひとつ勢いよく駆け寄ってきた。
「お嬢! 無事……ではないようだな」
低く響く声に、シュティーは思わず苦笑する。
リリーの治療で致命傷は塞がっているが、服の下にはまだ生々しい傷が残っていた。本人はそれをさほど気にしていない。
「ギリギリ……というか、ほぼ負けてたね。運が良かっただけだよ」
ディノは、安堵の息を吐くように肩を下ろした。
「とりあえず、任務は完了ってことだな」
そう言いながら、今度はミオナに目をやる。
「アラタは能力のペナルティで休んでる。バルタはCIDと一緒に事後処理してやがる……あの体力バカが」
「そっか……。一応、ミオナちゃんはCIDに引き渡した方がいいね」
「は~い、私も一緒に行くよ~」
リリーが軽い調子で手を挙げる。その様子を訝しげに、ディノは目を細めた。
「おい、この女は何者だ?」
「私? 私はリリー。バスクファミリーの医療班ってとこかな~。ま、レガルド君倒されたから、もうバスクファミリーじゃないけど……」
「元レガルドの手下ってわけか……」
ディノの声音には僅かな警戒が滲む。それを察したシュティーが口を尖らせた。
「こら、ディノ。リリーちゃんが居なかったら、ボク、死んでるからね!」
「そうか……すまねぇな。そしてありがとう。うちのボスを助けてくれて」
短く頭を下げるディノ。
「ううん、全然!」
リリーはぶんぶんと両手を振り、大丈夫を全身で表現した。
わずかな和やかさが空気に広がる。
その後、ミオナとリリーはCIDへ引き渡された。一応関係者として事情聴取を受け、場合によっては軽い拘置や監視がつく可能性もあったが――シュティーは、問題はないだろうと思っていた。
数日後。
バスクファミリーとの一件は、CIDがうまく処理したようだった。報道では「カミラ・クローチェ地区での事件に対する制圧作戦」として発表され、クロード家の存在は一切伏せられている。死亡者はNo.2のフェルナ、そしてボスのレガルド。どちらも、シュティーの手によるものだとは記されていない。
「正直、ここまで協力されるとCID内部で問題になりそうだけどな~」
新聞を広げたまま、シュティーはソファに寝転がる。事件後は休暇を取り、だらけた生活を送っていたが――その裏では、レガルドとの戦いを反芻し、己を鍛え直す必要を感じてもいた。
「そういえば……レガルドのやつ、死んじゃったから聞けなかったけど、“ある筋”って誰なんだろ」
それは唯一の心残りだった。もし本当に存在するのなら、いつか自分に直接関わってくるだろう。
父の死に関係しているのなら、なおさらだ。敵意を向けられるなら、迎え撃つしかない。
「ま、今はのんびり、この平和を満喫するか~」
軽口を叩きつつも、心の奥底では確かな変化が芽吹いていた。
――ただ罪を清算するためだけの人生が、別の色を帯び始めた瞬間だった。
惰性のままダラダラしていると、コンコンと軽くドアを叩く音。
「どうぞ〜」と返しながら、どうせヴァリーナだろうと考えていたシュティーは、入ってきた人物を見て目を丸くした。
そこに立っていたのは、ミオナだった。
「えっと…久しぶりですね、シュティーさん」
気まずそうに微笑むミオナを迎え入れる。
「久しぶりだね…どうしたの、こんな所まで?」
「えっと、シュティーさん達がCIDの人に話してくれたおかげで、基本的にお咎めなしってことになりまして…」
ミオナはつらつらと経緯を語る。
「おかげで家族とも再会できましたし、そのお礼をと…」
そう言って菓子折りを差し出す。
「別に良いのに」
受け取りながらも、シュティーは肩をすくめる。
「そうですね…依頼料って思っていただければ…」
依頼というのは建前だったが、「まぁいっか」と心の中で呟くシュティー。
ふと見ると、ミオナが何やらモジモジしていた。
「…どうかした?」
「え!いや!えーと、そのー…」
歯切れの悪い様子に、シュティーは優しく促す。
「他に何かあったの?ボクで良いなら解決するけど」
ミオナは首を横に振り、一呼吸置いて決意を込めた表情で告げた。
「あの、シュティーさん!私をクロード家に入れてもらえませんか!」
シュティーはその言葉に、再び目を丸くした。




