第49話「全てを穢すもの」
シュティーの首を無造作に掴み上げるレガルド。その眼には、因縁の娘をこの手でねじ伏せた喜びが宿っていた。
「所詮お前はこの程度……父親が悲しむと思わないか?」
力なく腕を垂らし、息も絶え絶えのシュティー。状況は、誰の目にも勝負が決したと告げている。
「まだ息があるようだから……最後の言葉でも聞いてやるよ」
虚ろな瞳でレガルドを睨み返すシュティー。その瞳の奥には、なお消えぬ光があった。掴まれた首に手を伸ばし、彼女の掌から瘴気がじわりと溢れ出す。レガルドの身体を穢そうと。
「……はぁ。言っても分からないのは父親そっくりだな」
レガルドは鼻で笑い、首を締める手に力を込める。
「お前の能力が“熱”に弱いのは知っている。体内で炎を循環させれば……その穢れた手など意味をなさない」
炎が彼の体内を巡り、シュティーの瘴気は瞬く間に死滅していく。勝ち誇った声が、さらに畳み掛けた。
「お前の能力は誰かを救えない。ただ命を奪い、忌み嫌われる――悪魔の子。それがお前なんだよ、シュティー・クロード!」
遠のく意識の中、シュティーは過去を思い出す。
母を殺してしまい、壊れた心を抱えた自分を、拒絶せずに抱き締めてくれた父。あの温もりだけは忘れない。
その父の死に関わる男が、いま目の前にいる。そして頭の中で助けを求める声が響いていた。
――ここで死ねば、何も残らない。
罪を背負って生きるしかない自分でも、まだできることがある。そう心の奥底で叫ぶ声があった。
「ふん……終わりか。安心しろ、骨だけは残してやる」
炎が一気に燃え上がろうとした、その瞬間。
シュティーの瘴気が、レガルドの炎に触れた。
ボウッ――。
黒い炎が燃え盛る。レガルドの目が驚愕に見開かれ、首を掴む手が外れる。床に落ちたシュティーは薄目を開け、立ち上る黒炎を見た。
それは炎から炎へと伝播し、さらに黒く燃え上がり――レガルド自身をも穢していた。
「クソッ……!なんだ、この炎は……!」
必死に振り払おうとするが、黒炎は消えない。それは、もはや彼の炎ではなかった。
「どうしてだ……? お前の能力は熱に弱い……だから炎系能力者で固め――」
言葉の途中で、レガルドの顔が「まさか」という色に変わる。
朽ちかけた身体を押し起こし、シュティーは静かに告げた。
「……ははっ、正直盲点だったよ。“熱に弱い”って特性があるから、やろうなんて思いもしなかった。
どうせ死滅するって……でも違った。ボクの能力は“熱に弱い”だけで、“炎に弱い”わけじゃない。
触れれば……炎だって穢せる」
拳を握り締めるシュティーに、レガルドが吠える。
「何が炎も穢せる、だ……! 熱に弱いのは変わらねぇ! このまま温度を上げ続ければ、いずれ死滅する!」
室内の温度が急上昇し、立っているだけで息苦しいほどの熱気が満ちる。
だが、黒炎は消えない。むしろレガルドの炎に呼応し、さらに勢いを増していく。
シュティーは自分のスーツを腕に巻きつけ、それを黒炎…瘴炎で燃やす。瘴気を薪に変え、燃え盛る炎の拳を作り出す。
「レガルド……お前は自分の炎を至高とし、他者を道具とした。でも違う。どんな絶望的な状況でも、誰の心にも……今を変えようとする炎がある。」
「……ごちゃごちゃとうるせぇ! お前が死ねば、この炎も消える!」
レガルドの炎が最大燃焼に達し、瘴炎の伝播が止まる。純粋な炎と炎がぶつかり合う瞬間だった。
恐れはない。シュティーは全身を奮い立たせ、炎を裂くように駆ける。
跳び上がった彼女の視界に、迫る炎の拳、当たれば死は免れない。
「……記跡の短剣、最後の一回!」
空間に描かれた斬撃が、レガルドの意識を一瞬奪う。その隙を逃さず、炎を纏う拳を振り下ろした。
レガルドには、先代ボスの姿がシュティーと重なって見えた。
「ボクはシュティー・クロード……全てを穢すものだ!」
瘴炎の拳が直撃し、レガルドは瘴気に蝕まれながら床に崩れ落ちた。
舞い上がる煙の中、揺らめく瘴気を消し去った少女――シュティー・クロードの姿だけが、そこに立っていた。




