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クロード家の云々  作者: カキちゃん
第二章 
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第44話「交わす空」Part3

見えない斬撃が、フェルナを容赦なく襲う。「記跡の短剣」から放たれる軌道上の斬撃は、確実に彼女を追い詰めていた。


だが、フェルナもまた容赦はしない。斬撃を厭わぬほどの激しい炎が、シュティーへと降り注ぐ。


「フェルナちゃんさ、どうしてそこまでするのかな?」


シュティーは語りかけながら斬撃を繰り出す。冷たい軌道が、鋭く空を裂いた。


「レガルドに従っても、最後には捨てられる。違う?」


それは、彼女がレガルドという男を知るが故の言葉だった。


「貴女には……分からない」


フェルナの声は揺るがない。たとえそれが真実だとしても、彼女が炎を絶やす理由にはならなかった。

――なぜなら、それは過去に刻まれた“意味”があるからだ。


まだ七歳だった頃。フェルナの記憶に最も強く焼きついているのは、カビの臭いが鼻を刺す、薄暗い部屋。


怒号、殴打、飢え。

母親の冷たい視線。

そして、その母親は売春婦であり、父親の顔も名前も知らない。


貧民街で生きること――それは「死なないこと」にすぎなかった。


物心ついた頃には、ゴミの山を漁っていた。何も食べられない日が続いても、誰もそれを不思議に思わない。


これが“普通”なのだ


そう自分に言い聞かせるしかなかった。


抜け出す術のない牢獄。

その中で、フェルナは初めて能力を発現させた。


背中から揺らめく黒い煙。それは火種のない炎のようで、ただ燻っている。

まるで、誰にも救われることなく、どこにも行けない――そんな自分自身の象徴のようだった。


ある日、母親が客と揉めた。


金を盗んだだとか、借りを踏み倒しただとか。理由なんて、もうどうでもよかった。

そして、その客は“ある男”を連れてきた。


威圧感――それだけで説明がつく男だった。

近づくだけで息が詰まるような圧。

けれど、フェルナは何も感じなかった。感じないようにしていた。


生きるには、心を殺すしかなかったのだから。


男はフェルナをじっと見ていた。そして、母親に問いかける。


「おい、このガキ……お前の娘だよな?」


「そうよ。客との間にできたガキ。何も喋らないし、迷惑でしかないわ」


まるで“責任は私にない”とでも言うように、母親は堂々とそう言った。


だが、フェルナは思った。


――そうなのだろう。


その男は一つ、息を吐き、母と客に言った。


「このガキ、貰っていく。今回の件はそれで手打ちにしろ」


突拍子もないその提案に、母も客も目を見張る。


「こんなモノで済むなら、私としては嬉しいわ」


母親は笑った。


「おい、関係ねえだろ。なんだよそれ」


客が反論しようとしたが、男の鋭い目がそれを止める。


「文句あるのか?」


――沈黙。


客は口を噤み、しぶしぶ頷いた。


そのまま、男はフェルナの腕を掴み、強引に歩き出した。


貧民街を抜けた先にあったのは、小さな家だった。

それでも、以前の住処よりは遥かに綺麗だった。


フェルナの胸に、ほんの少しだけ“熱”が宿った。


「おい、お前、名前はなんだ?」


「…………」


沈黙。


「喋れないのか?」


男の声が少し強くなる。


「……フェルナ」


か細い声で名を告げる。


「そうか。俺はレガルドだ」


レガルド――それが、その男の名だった。


彼はフェルナの背中を見やり、こう言った。


「その黒い煙。炎だ。火はついてないが、俺にはわかる」


炎の感知――レガルドもまた、炎の使い手だった。


「フェルナ。お前を道具としか思っていない。

その燻った煙も、いつまでも燻っていると迷惑だ」


フェルナはただ黙って、それを聞いていた。


「だが……お前の母親よりはマシな扱いはしてやる。俺はいずれ、この世界を支配する男だ」


そして、レガルドはフェルナの頭に手を置いて笑った。


「だから――頑張ることだな」



それが、レガルドとの出会い。


たとえ道具だとしても、地獄の中で手を伸ばしてくれた存在は、“救い”以外の何者でもなかった。


その日から、フェルナは心に――そして黒い煙に、炎を灯した。


現在。


忠誠心ではない。

恩義だけでもない。

ただ、“必要としてくれた”。

ただ、それだけで、フェルナは燃える理由を得たのだ。


漆黒の中に、轟々とした炎が舞う。


しかし、羽根は炭化し始めていた。火力を上げれば、その分だけ早く燃え尽きる。


だが、それがフェルナの在り方。

レガルドのために燃え、そして灰になる――それでいい。


「私はレガルド様のために燃え続ける……話は終わり。貴女との戦いも、これで」


炎がさらに膨れ上がる。温度が跳ね上がり、炭化の進行も早くなる。


それでも、フェルナは放つ。


「誰かのために燃え続けるか……」


シュティーが小さく呟いた。


「いいね。ボクも最近、誰かのためにって思うようになったんだ。だから……君みたいに、負けるわけにはいかない」


ミオナの「助けて」。


たった一言。それだけで、シュティーの心にも熱が宿った。


贖罪なんて、もういい。

今はただ、助けたい。


その気持ちが、シュティーの力となっていた。


フェルナの炎が、極限まで高まる。


巨大な炎塊となって、シュティーに向かって放たれた。


羽根が急速に炭化し、フェルナの高度が下がる。


シュティーはその瞬間を見逃さなかった。


攻撃を紙一重で避けたシュティーの身体にも、熱が焼きつく。


痛みに耐えながら、短剣を振り抜いた。軌道が斬撃となり、フェルナの身体を切り裂く。


だが――まだ足りない。


すぐさま腰からリボルバーを抜く。


炭化し、機動力を失ったフェルナに避ける術はない。


弾丸が、彼女の肩を撃ち抜いた。


黒く、穢れていく肩。

それは、瘴気を込めた一発だった。


シュティーは、ゆっくりと落ちていくフェルナの姿を見下ろした。


ドサッ――地面に打ち付けられる音。


近づくシュティー。虫の息のフェルナを見つめる。

だが――止めは刺さない。


振り返り、ミオナの元へと歩き出す。


「……っ…」


かすかに声が聞こえた。


シュティーは即座に振り向き、銃を構える。


フェルナは、かろうじて意識を保っていた。


「シュティー……クロード……貴女が……誰かを守れる力を得た時……それは……何を意味するのかな……」


答えは、なかった。

シュティーはそのまま、背を向ける。


――その問いを、心のどこかに残して。


薄れゆく意識の中、フェルナは小さく呟いた。


「ごめんなさい……レガルド様……」


その声は、誰にも届かない闇夜へ消えていった。

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