第41話「静かなる熱、老練なる錆」Part2
水上カジノ・ノクターリカ。
火花が、次の瞬間には吹き飛んでいた。金属と金属がぶつかり合う音が、夜空に鋭く響き渡る。
ディノとリオ──
二人の剣士は、互いに一歩も引かぬ応酬を続けていた。周囲で展開されていたCIDとバスクファミリーの戦闘は、いつしか二人の戦いに圧倒され、遠巻きにすることしかできなくなっていた。
「なかなかに暑いじゃねぇか」
息を整えることもなく、ディノが冗談めかした口調で呟いた。リオの能力──《燃域》により周囲の温度は上昇し続け、空気は陽炎のように揺れている。
対するディノの能力は、《風錆》。触れたものを錆びさせる地味な力。派手な爆発も閃光もない。ただ静かに、確実に、対象を蝕む。
リオは一言も発せず、無表情のままディノに斬りかかる。動きに迷いはなく、剣筋は研ぎ澄まされている。全身の体温が上がっていくのをディノ自身も感じていた。リオの放つ熱に、肉体そのものが徐々に侵されていく。
だが──その顔に、焦りの色はない。
むしろ、楽しんでいるように見える。
「おじさんは能力使わないの? それとも使えないの?」
リオが、ふと口を開いた。感情の起伏を感じさせぬ声音。
だがその一言に、ディノは笑みを浮かべた。
「図星だな。お前さんの能力と違い、俺のは地味でな。見せ場になるようなもんじゃない」
リオはわずかに首を傾けた。
「……残念だね。もう少し楽しみたいのに」
無表情の奥に潜む“感情”を、ディノは見逃さなかった。
その目には、明らかに戦いへの“好奇心”が宿っていた。
「なんだ、お前さんも俺と同じか」
ディノは微笑みながら、足さばきを変える。
剣が交差するたびに火花が走り、二人の速度はさらに増す。
「俺もな、もうちょっと楽しみたいところだが……あんまり手こずってるとお嬢に怒られちまう」
「おじさん達のボスの事でしょ? そんなに強いの?」
「そうさな……まだ俺レベルじゃねぇが、その内間違いなく超える。お前さんも、似た目をしてるぜ。"あの時"のお嬢と」
「なるほど……それは楽しみだね」
リオの目が僅かに細まる。喜びか、興味か、それすら読み取れない。
ディノはそんな反応にもどこか満足げだった。
「なんだ、お嬢と殺りたいのか?」
「うん。おじさんを倒した後に時間があれば……戦ってみたい」
「そりゃ結構。だがな、坊主――」
ディノはすっと刀を構え直す。その瞳には、これまでにない鋭さが宿っていた。
「お前さんをここで倒さなきゃいけないのは、俺も同じだ。だから勝たせてもらう」
決意の一閃。
空気が緊張に包まれる。リオも同じように刀を構え、足元の空間を熱で歪めていく。
「早くしないと、ボスどころかフェルナさんに先を越されそうだ。……決着をつけようか、おじさん」
「まったく……こう熱いと、体の芯まで溶けちまいそうだ」
ディノが肩をすくめる。だがその刹那、リオの刀に宿る熱がさらに増す。
空間が、唸りをあげて揺れる。
「熱刃」
リオの声は静かだったが、力強さに満ちていた。
振るわれた刃から発せられる熱の塊が、形あるままディノへと飛ぶ。
それはもはや火の玉ではない。まさしく“剣の熱”、斬撃そのものだった。
「これは……受けたらまずそうだな」
ディノは小さく呟くと、地面を蹴って前へと跳ぶ。熱刃の直撃を避け、空中で身をひねりながらリオへと突進する。
リオも即座に応じ、間合いを詰めた。
そして次の瞬間、二人の刀が交差する――はずだった。
「……!?」
甲高い“パキン”という音と共に、リオの刀が根元から折れた。
その目が、初めて大きく見開かれる。折れた刀の付け根は、まるで長年放置された鉄のように、錆びて朽ちていた。
「これで終わりだ……!」
ディノが即座に距離を詰め、リオの胴体へと斬撃を叩き込む。
鋭い音と共に、リオの身体が仰け反る。口から鮮血が零れ、膝をついた。
「なるほど……それがおじさんの能力だったって訳か……」
リオが苦しげに言葉を吐き出す。
ディノは、納刀しながらゆっくりと答えた。
「あぁ。俺の能力《風錆》は、触れたものを錆びさせる力だ。決定力なんてねぇが、そこがミソでな。お前さんの斬撃を受け止めるたび、刀から刀へと、少しずつ錆を移していったんだ」
そして指を掲げる。
「だが肝は……お前さんの能力、《熱》。金属が熱で膨張する時、そこに錆が加わると、脆さは一気に増す。結果、折れちまったってわけだ」
ディノは、膝をついたリオの前に立ち、静かに語る。
「正直、お前さんの“熱”に押されてたぜ。体が悲鳴を上げる寸前だった……でもよ」
ディノは不敵に笑う。
「なかなかに熱かったぜ、お前さんの刃」
リオは、倒れながらもその言葉を聞き、わずかに目を細めた。
その表情は、どこか満足げで、
まるで――人生で初めて、本気で“遊んだ”少年のようだった。




