第40話「静かなる熱、老練なる錆」Part1
アラタは薄暗い裏口の通路を抜け、静かにミオナが囚われていた牢屋へと向かった。だが、その中に彼女の姿はなかった。
「……やっぱ、違う場所に移されてるか」
一人ごちるように呟く。彼女がここにいないことは、ある意味で予想通りだった。そもそも、レガルドに通話をつないだ時点で、敵側にはこちらが裏口から侵入してくることなど読まれていたはずだ。
「まぁ、仕方ねぇか」
アラタは牢を後にしながら、もう一つの懸念を口にする。
「それはそうとバルタの奴、大丈夫か?あいつが負けるとは思えないが……」
言い終えた直後、通路の奥からのそのそと足音が響く。現れたのは、傷だらけで体を引きずるように歩くバルタだった。
「よぉバルタ……その様子だと、派手にやられたようだな?」
アラタは苦笑気味に煽る。バルタは肩で息をしながらも、ゆっくりとこちらへ歩み寄る。
「そういうことだ。お前は……あまり怪我してない様子だが?」
「再生使ったからな。治ってるだけだ」
「なるほどな……それより、どうする?この後」
作戦としては、裏口からの潜入とミオナの救出が目的だった。しかし、そのミオナは見当たらない。おそらく、別の場所に匿われているのだろう。
このまま上へ向かい、バスクファミリーの構成員たちと戦ってもいい。だが、アラタもバルタも、既に体力を大きく消耗していた。
「多少は戦えるが……足手まといになるのだけはごめんだな」
アラタが肩を竦めると、バルタも無言で頷く。
「とりあえず、ボスとおやっさん、それにCIDの連中に任せて少し休んどくか」
「……そうだな」
重たい腰を下ろすバルタ。その静寂を破るように、階段の方から一つの足音が響く。アラタが即座に警戒態勢に入ると、階段の上から一人の女が降りてきた。
その女はアラタたちの姿を見るなり、キョトンとした表情を浮かべた。
「えーと……こんにちは?」
場違いにも思えるほど、呑気な口調だった。
アラタは一瞬、警戒心よりも困惑の方が勝る。
水上カジノ「ノクターリカ」
火花のように散る銃弾と叫び声の中、場の空気を一変させる二人の存在があった。
一人はディノ・ファルク。
そして、彼と剣を交えるのは、バスクファミリー実行部隊の隊長、リオ。
「まったく……これほどの剣術を、その若さで身につけるとはな……」
ディノはひとつ息を吐き、目の前の相手を評価する。リオの太刀筋は、無駄がなく鋭い。それでいて、何かを押しつけるような圧力もない。ただ、正確で静かな“死”だけがそこにあった。
「ところで坊主。何か喋ったらどうだ? こう話しかけてる俺が馬鹿みたいだろうが」
応答はない。
リオはそのまま剣を振るい、沈黙を貫いた。
「お嬢もそうだが、最近の若いもんは何考えてんのか分からんな……!」
そう呟いた直後、ディノの刀が鋭く閃く。リオの胴体を裂いた。
返り血が舞う。
しかしリオは、斬られた胴から流れる血をじっと見つめるだけだった。
やがて、静かに口を開く。
「おじさん……強いね」
ディノはそれを聞いて笑った。
「お、やっと喋ってくれたか無表情君?」
「うん。僕も初めてだよ。戦ってる相手のこと、考えるのは」
リオの瞳には、わずかながら興味が灯っていた。
「それは光栄なこった」
ディノが再び仕掛ける。リオも応じるように剣を構え、鋼が鳴る。
その攻防は一見静かだが、爆風のような緊張感が走る。
「見た感じ、剣術だけじゃなく格闘もイケる口だろ? 坊主、なんでこんなマフィアにいるんだ?」
静かな問いに、リオはやや首を傾けた。
「別に? 暇だったし、お金もらえるから」
そのあっけらかんとした答えに、ディノは思わず吹き出す。
「……そうかよ。それじゃ、戦いが終わったらどっか食いに行くか? 俺も連れてってくれよ」
冗談のような台詞を口にするディノに、リオは無感情なまま、首を横に振る。
「無理だよ。おじさんは、ここで死ぬから」
「そうかい。それは楽しみなこった!」
再び、刃と刃が火花を散らす。
その激しさは次第に増していき、周囲のCID隊員もバスク構成員も、到底割って入れる余地がなかった。
「なぁ坊主。能力は使わねぇのか? せっかくだ、全力が見たい」
ディノが問うと、リオは少し考えてから、ポツリと呟いた。
「そう言えば……忘れてたよ、能力のこと」
次の瞬間リオが一歩後ろへ引くと、ディノの肌に焼けるような熱が触れた。
「なるほど。温度を上げる、ってわけか……」
リオは構えていた刀に熱を込める。
金属が赤く輝き、空気が歪む。
「他にも……こんなこともできるよ。“熱刃”」
リオがそう呟いた瞬間、刀から熱が飛び出した。
巨大な熱の塊が、一直線にディノへと向かう。
「こいつは……受けたら洒落にならねぇな!」
ディノは跳ねるようにして熱波を回避する。
その余波がバスク構成員の一人に直撃し、絶叫と共に倒れた。
「すまん、わざとじゃねぇ」
軽く手を挙げるディノを、リオは無表情のまま見据える。
「別に……どうでもいい。それよりやろう、おじさん」
その目は、まるで玩具を手にした少年のように、わずかにキラキラと輝いていた。




