第36話「鋼の怒り、機械の絶望」Part1
薄暗く湿った水路に、打ち鳴らされる金属の音が響き渡っていた。
バルタの鉄皮が軋む。その体が、異形の機械人形の連打を全身で受け止めている。
燃えるような蒸気、そして熱。
それは通常の機械ではない。ドロマの“発明品”──炎を動力源とする機械人形は、ただの兵器ではなかった。死体を素体にし、ドロマの異能によって魂を持たぬ破壊装置と化していたのだ。
「ほっほっほ、しかし実に頑丈な身体じゃのう」
バルタの肉体が殴られ、焼かれ、打ち据えられるのを、ドロマは楽しげに見つめていた。
「わしの機械人形の攻撃をこれだけ防ぐとは。こりゃあ、お主の身体そのものを素材にすれば、さぞ良い発明品になるじゃろうて」
ドロマの声はまるで品定めをする商人のようだった。
バルタは鋭く睨みつけるが、言葉を返す余裕はない。機械人形の攻撃は、寸暇も与えぬ連打。思考する間も惜しい。
(このままじゃジリ貧だ…あれはただの鉄塊じゃない、炎のエネルギーが加わった、まさに戦闘兵器。俺の鉄皮でも、受け続ければ持たない)
バルタは歯を食いしばる。
殴られ、吹き飛ばされ、水路の壁を割りながら転がる。
(攻撃が通じねぇ…どうする? このまま時間稼ぎに徹するか…でも、そんなに保たねぇ…)
吹き飛ばされたバルタが水面に伏す。
呻き声が漏れる。それは痛みに対してか、それとも無力感か。彼自身にも分からない。
「そろそろ終わりにするかのう?」
ドロマが手を掲げ、命じる。
「機械人形、その男を仕留めろ」
機械人形が無機質に歩みを進める。
バルタは苦しげに体勢を立て直し、再び鉄皮を発動──しかし鋼鉄の腕が砕かれる。片膝をついたその背に、重い一撃が打ち込まれる。
「実に見事な素材じゃ、実戦データも取れたし、お主の体は極上の部品になりそうじゃ」
ドロマが近づく。
──それこそ、バルタの狙いだった。
倒れたまま気絶を装い、相手を油断させる。ドロマの姿が目前に来た瞬間、バルタの身体が一気に跳ね起き、右腕での打撃を叩き込もうとする──!
「やはりなぁ」
しかしその一撃は、バルタの期待を打ち砕くように、機械人形が割って入り受け止める。
「そんな簡単にやられるとは思っておらん。だが嬉しいのう、やはりお主は最高の素材じゃ」
ドロマは不気味な笑顔を浮かべ、バルタの傍に立つ。
「この興奮、孫娘を“実験”に使った時以来じゃわい」
その言葉に、バルタの表情が変わる。
深く、底冷えするような怒りが湧き上がる。
「今、なんて言った?」
「ん? 聞こえなかったかの? わしの孫娘をじゃな、素材に使ったんじゃよ」
ドロマは楽しそうに語り出す。
「10年ほど前のことじゃ。可愛らしい子でのう、わしのことを慕ってくれておった。死体集めは手間がかかるが、家族なら楽じゃろ? 義理の息子に罪をなすりつけて、わしは無罪放免よ」
信じられない、といった表情でバルタはドロマを見据える。
怒りというより、もはや言葉にできない人としての嫌悪だった。
「バスクファミリーはええところじゃ。素材は溢れておるし、幹部の地位にいれば誰にも邪魔されん」
ドロマの声は、バルタの神経を刃で削ぐように響いた。
「……それが、“いいところ”だと?」
バルタの目から光が消え、代わりに鋼の怒りが灯る。
立ち上がるバルタの身体から、鋼の皮膚がさらに硬質化する音が響いた。
「お主にできることなど、もうないぞ。すぐに素材として回収してやる」
ドロマが笑う。
「……そうかもな」
バルタは静かに呟いた。
だがその声には、どこか狂気すら滲む“覚悟”がこもっていた。
そして、その覚悟の奥には──
自分が失った家族への、もう二度と譲れない正義があった。




