第33話「潜影の帰還」
変幻の残り時間は三十分。
アラタは水路の奥を辿りながら、自分の役目が「ミオナの救出」ではなく「生存確認と内部構造の把握」だと、改めて頭に叩き込んでいた。──本来の目的を誤れば、全てが水泡に帰す。
ミオナが捕らえられているのは、カリナの拷問室から少し離れた石牢だ。記憶追体験で得た座標と構造から、そこが“逃がす気のない”隔離空間であることは明白だった。
やがて鉄格子の奥に灯る光。その前で暇そうに棒を回していた男が、アラタ──いや、シェイドに化けたアラタの姿に気づく。
「おやおや、シェイド様じゃありませんか。このような場末に何用で?」
「例の二人を片付けたからな。……戦果を直接、聞かせてやろうと思ってな」
アラタは淡々とした声を作り、見張りの男を煙に巻く。男はニヤついた顔で柵の鍵を開けると、内側へと招き入れた。
「それはそれは、愉快なことですな」
アラタは無言で牢の奥へ進む。
そして、ミオナと目が合った。
目の下には隈。両腕は細くなり、服の袖から覗く皮膚には増えた痣と裂傷が滲んでいる。アラタの中で、かすかな苛立ちが蠢いた。
「……シェイド様?」
ミオナが、弱々しいながらも、確かにアラタを呼んだ。
「そうだ」
アラタは即答した。ミオナはその返答に一瞬の違和感を覚えつつも、すぐに柔らかな微笑を浮かべた。そして、背後にいる見張り役を確認した上で、アラタに顔を寄せて囁く。
「仲間の方、ですよね?」
──読まれていた。
アラタは眉をひそめるが、言葉は濁さない。
「お前を助けに来た男二人は……もういない」
事実ではない。だが、それは“ここでは話せない”というメッセージでもある。
「……そう、ですか」
ミオナはそれ以上は語らなかった。その目の奥に灯る微かな安心を、アラタは見逃さなかった。
「お前を助けられる者は、いない」
アラタはそう言い残して踵を返す。ミオナはうつむく。だがその唇は、ごくわずかに笑っていた。
「もうよろしいのですか?」
見張りの男が戸を閉めながら訊く。
「思ったより……反応が悪かった。壊れてるのかもしれん」
その言葉には、アラタ自身の怒りを飲み込む意味が込められていた。
アラタは重い足取りで水路を戻る。変幻解除までの時間は刻一刻と迫っている。
だが――問題は帰路だ。
途中の拷問室にはカリナがいる。もし声をかけられれば時間が足りない。変幻が解除されれば、すべてが瓦解する。
だが、アラタには一つだけ、確かな手札があった。
──模倣済みの“スタンプ能力”。
裏口の陰へと身を滑り込ませると、アラタは小さく息を整えた。
「……ギルティ《擬態》」
「ギルティ《狂狼》」
「ギルティ《模倣》」
一気に三つを併用。
擬態で気配を消し、狂狼で脚力を強化し、模倣でカリナの能力を具現化する。
身体の中心に違和感と圧迫が重なる。が、時間はない。
裏口にいた構成員の背後へ、一瞬で接近。
「ッ!?」
その首筋に、模倣したスタンプを──「押す」。
「使い方は知らんが……とりあえず目を瞑って、カリナの部屋まで歩いていけ」
「は?な、なん──あれ?身体が、勝手に……ッ!」
構成員は怯えたような叫びを上げながら、見事にアラタの意図通り移動していく。
その隙に、アラタは水路の扉をすり抜け、地下から脱出した。
ミオナの救出は果たせなかった。だが、無事の確認とカリナという危険な幹部の能力情報を持ち帰れた。それだけでも十分な戦果だと、アラタは自分に言い聞かせる。
ただ……内部に“僅かな違和感”を残してしまった気がした。
ルナーレ大聖堂、祭壇裏の部屋。
アラタは呑気な声で顔を出した。
「ただいま〜」
「おう、やっとか。……で、中はどうだった?」
椅子に座っていたバルタが、ようやくかと言わんばかりに身体を起こす。
「水路経由の地下空間をちょろっと見ただけだがな。ミオナは無事だったし、“拷問狂”みたいな幹部女がいた。名前はカリナ、能力も見た。強いな、あいつは」
アラタは思い出すように眉間を揉む。まだ皮膚に残る火の記憶。スタンプの焼き印。あの女は、人を焼きながら笑っていた。
「……それで十分だ。あとはボスの指示待ちか」
「そうだな。ボスの指定日までにどうにか誤魔化さねぇとな……」
アラタはふと、横にいた“本物のシェイド”に視線を送る。
「……んで、こいつはどこまで知ってたんだろうな」
軽く拳を振るい、シェイドの腹を殴る。
「──まぁ、あとで訊くか」
その声に熱はない。ただ、静かな怒りが滲んでいた。
能力補足。罪 模倣使うと、他の罪との併用が2つまでになるけど、模倣を3つ目に併用するとその制約が解除される。




