第29話「火線交錯」
豪奢な調度に囲まれた応接室は、静寂と緊張に支配されていた。深紅の絨毯と艶めく黒檀の机が存在感を放ち、天井から垂れるシャンデリアが細やかな光を揺らす。その部屋の主――バスクファミリーのボス、レガルドは背もたれに深く腰を下ろし、ふてぶてしく脚を組んでいた。
その隣には、硬く黙り込んだ少女・ミオナが立っている。細い腕、伏せた目、けれどその背筋は不自然なほどに真っ直ぐだった。
向かいにはスーツに身を包んだ政治家。トゥレーノで名を馳せる中堅議員の男は、緊張からか額に浮かぶ汗をハンカチでぬぐいつつ、へらへらと笑みを浮かべた。
「それで……バスクファミリー様に、力添えをお願いしたく……」
低姿勢の言葉に、レガルドは鼻で笑った。
「ハッ、トゥレーノ一の政治家ともあろう奴が、こんなマフィアに殺しを依頼するか。……自力じゃ勝てない、ってことだな?」
その口調に政治家は即座に頷く。卑屈な笑みを浮かべたまま、言葉を継いだ。
「は、はい。ぽっと出の若手候補に、最近は貴族からの強力な後ろ盾がつきまして……正直、このままでは選挙戦が苦しいかと」
レガルドは興味深そうに顎に手を当てる。
「それで? 俺たちがそいつを“始末”したら、見返りは?」
「もちろん。当選の暁には、バスクファミリー様への援助を最大限……政治的な保護や融通もお約束しますとも」
その瞬間、静かだったミオナがぽつりと口を開いた。
「この人……嘘をついてます」
その一言に、政治家の顔が強張った。
「な、なにを……馬鹿なことを! 私が嘘を!? 嘘をついてるというのか!」
ミオナは、怯えながらも静かに言葉を重ねる。
「また、嘘をつきました。……たぶん、この人はファミリーを利用したあと、手のひらを返して貶めようとする」
「このクソガキがッ!」
政治家が机を叩いて怒鳴り声を上げる。だがレガルドは表情を変えず、低く尋ねた。
「ミオナ、本当か。こいつは“嘘”をついてるか?」
「……はい」
レガルドはゆっくりと立ち上がり、政治家に歩み寄る。その目には一切の情けも慈悲もなかった。
「コイツ、ミオナの能力は“嘘発見器”。相手が嘘をついたか、必ず分かる。そんで、ミオナは俺の“忠実”な部下だ。嘘はつかない、お前と違ってな?」
「ち、違うッ! 私はっ……!」
「はいはい、“由緒正しき政治家サマ”が、マフィアに殺しを依頼したあげく嘘までついた。そのツケ、払ってもらおうか」
その手が政治家の喉元を掴んだ瞬間、レガルドの掌に炎が灯った。あまりに呆気なく、男は悲鳴も虚しく一瞬で灰となり、風に散った。
灰を手で払いつつ、レガルドは部屋の扉に声をかける。
「おい、リオ。こいつの事務所、潰してこい」
扉が開き、無表情の男・リオが入ってくる。「わかった」と一言だけを残し、再び部屋を出た。
レガルドはミオナの方へと目を向け、口元に歪んだ笑みを浮かべた。
「よくやったな、ミオナ。お前のおかげでまた一人、死んだぞ?」
ミオナは小さく震え、瞳に怯えを浮かべて下を向いた。
そのとき、レガルドの携帯が鳴った。画面を見て、口元が吊り上がる。
「おう、俺だ。どうした、シェイド」
電話の向こうから冷静な声が響く。
『ボスの言った通り、男二人がサンティーノ島に来た。恐らくクロード家の者だろう』
「それで?」
『……ああ。始末した。引き続き、監視を続ける』
「……わかった」
レガルドは通話を切り、ミオナに顔を向けた。
「聞いたか? お前を助けに来たやつ、死んだってよ」
ミオナはガタガタと震え始め、瞳から大粒の涙が零れ落ちる。
「残るは……シュティー・クロードか」
と、そのとき、応接室に伝令が飛び込んでくる。
「レガルド様、報告です。ギルバート、戦闘の末、死亡。おそらく、シュティー・クロードに討たれたかと……」
「へぇ……」
レガルドは興味なさそうに眉をひそめる。
「で、シュティー・クロードは?」
「はい。ギルバートに深手を負わされた模様で、現在CID管轄の病院に搬送されたとのことです」
「CIDか……手ぇ出すには面倒な相手だな。まぁ、今回は見逃してやるか」
そう言いながら、レガルドはミオナに歩み寄り、耳元で囁いた。
「お前を助けようとする奴は、みーんな死ぬなぁ?」
ミオナは声を殺して泣いた。
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場面転換:サンティーノ島
乾いた岩肌に打ちつける風が、緊張を含んでいた。
アラタが怒りに任せてバルタの胸倉を掴みかける勢いで詰め寄る。
「ボスがやられたって、本当かよ!?」
バルタは低く唸るように答えた。
「焦るな。正確には、敵に負傷を負わされた。……今はCIDの病院にいるらしい」
「……ボスの方にも刺客が来てたってことかよ」
アラタは拳を強く握り締め、唇を噛む。その拳から滲む血が、怒りの深さを物語っていた。
「なぁ、バルタ……この野郎、殺していいか?」
バルタは一つ溜息を吐いて、静かに言う。
「気持ちは分かる。でも今やったら、レガルドにバレる。病院はCIDの監視下だ。まずはボスが回復するまで、あいつらを騙すしかねぇ」
「……どうやって?」
「お前の“変幻”を使え。“声”まで再現できるんだろ? なら、あいつのフリしてレガルドに報告しろ」
アラタは少し黙って、そして鼻で笑った。
「……なるほどな。わかったよ。マジでムカつくが、必要ならやってやるよ」
シェイドの携帯を拾い、深く息を吐く。
「ギルティ――“変幻”」
アラタの姿が、シェイドの姿に変わった。声も、身振りも完璧に再現されている。
通話ボタンを押す。
『おう、俺だ。どうしたシェイド』
「ボスの言った通り、男二人がサンティーノ島に来た。おそらくクロード家の者だろう」
『それで?』
「……あぁ、始末した。引き続き監視を続ける」
『……わかった』
通話が切れた。
アラタは無言で変幻を解除し、シェイドの顔を睨みつけた。
「とりあえず、これで誤魔化せたな。……クソ、マジで殴らせろ」
殴りかかろうとした瞬間、バルタが口を挟んだ。
「気絶させるなよ。俺も殴るから」
アラタはニヤリと笑った。
「上等だ」
暗い怒りが、静かに幕を下ろしていた。
アラタの能力便利すぎ!
そしてミオナが囚われてる理由もなんとなくわかるよね




