第2話「眠りの病」Part2
「ねぇ、アラタ?」
歩く足を緩め、振り返りながら声をかけるシュティー。
午後の陽射しが差し込む舗装の悪い裏通り。目的地である診療所まであと数分というところだった。
「仮にさ、診療所について──ただ“シンさんに会わせてほしい”って頼んで、すんなり通してくれると思う?」
シュティーの問いに、アラタは眉間を揉みながら少し考え込む。
「うーん……いや〜、厳しいんじゃないか?受付で断られて終わりっすよ、たぶん」
「だよね〜。だからさ、アラタ」
イタズラっぽく唇を歪めたシュティーが、にやりと笑う。
悪巧みを思いついた子供のような顔。その時の彼女の声色は、どこか甘く、どこか残酷だった。
「“能力”、使ってくれる?」
アラタの顔が曇る。
「えぇ……お嬢、それって俺の"濡れ衣"の事ですか?言っときますけど、あれ、そんなにポンポン使っていいもんじゃ──」
「でもさぁ!」
食い気味に割り込むシュティーの声が大きくなる。
「それで何回も“同行拒否”したよね?あれって何?まさか、具合悪くなるのがイヤだからとか、言わないよね〜?」
「……っ、それは……」
アラタはバツの悪そうな顔で目をそらした。
(やっぱりそういう理由だな)
シュティーは心の中でクスクス笑いながらも、黙ってアラタの返事を待った。
「……わっかりましたよ。使いますよ、はいはい」
諦めたようにため息をついたアラタは、その場で深く息を吸い込み、目を閉じて集中する。そして、低く呟いた。
「ギルティ──」
その数分後。
二人は、アラタが“体調を崩している演技”──いや、実際に能力のペナルティで本当に調子が悪そうな姿──を見せつつ、診療所の入り口に立っていた。
小さな診療所だったが、手入れが行き届いているのが一目で分かる。
白塗りの壁は新しく、前庭では数人の子供たちが笑いながら遊んでいる。その姿に、ここが町の人々にとっての“安心の場”であることが感じ取れた。
「なーんか、見た目は良いところっぽいんだけどねぇ」
そう言いつつ、シュティーはアラタの肘を突いて小声で続けた。
「でも、謎があるってんなら、調べるしかないよね」
「はぁ……調子乗って使うんじゃなかった……」
アラタは本当に気だるげにうめきながら、受付へと向かう。
一方のシュティーは、アラタの背中を見送りつつ、待合のベンチに座っていた老婆に笑顔で話しかけた。
「こんにちは。あの、ここに来るの初めてで……シンさんって、どんな人なんですか?」
「シン先生?」
老婆は目尻に皺を寄せて微笑んだ。
「それはもう、とってもいいお医者様ですよ。子供たちにも私たち年寄りにも優しくしてくれてね。あの人がいるから、この町の人たちは安心して暮らせてるの」
その語り口には、深い信頼と温かさが滲んでいた。
彼女の笑顔は嘘ではない。そう思わせるだけの説得力があった。
(うーん……やっぱり“良い人”ってのが、ここの共通認識って感じかなぁ)
そんなシュティーの考えを打ち破るように、アラタがよろよろと戻ってきた。
「お嬢〜……受付、終わったっす……つら……」
「よくやったアラタ!その調子でもうちょっと頑張って!」
「鬼ぃ……」
それからほどなくして、順番が来た。
看護師に促され、診察室のドアを開ける。
そこにいたのは──
銀髪に眼鏡、白衣をまとった清潔感のある男性だった。柔らかく微笑んだその顔には、悪意の影もない。所作の一つひとつが、優しさと穏やかさに満ちていた。
(……本当に、この人が黒幕なのかよ?)
アラタが内心で疑う。
たしかに、疑う余地もないほど“理想の医師”といった風貌だった。
しかし、次の瞬間、シュティーが一歩前に出て、淡々と口を開いた。
「あなたが──犯人でしょ?」
その一言が、空気を凍らせた。
診察室には、嵐の前のような静けさが流れる。
アラタが思わず眉をひそめた。
無垢な優男を前に、ためらいもなく告げたその言葉。
シュティーは、何を見抜いたのか。
それとも──ただの賭けなのか。
リメイクしたよー