第23話「灯される決意」
数時間前。
クロード家の拠点ラグーザから、およそ八百キロ離れた地。水上都市 《トゥレーノ》。その夜の静寂を裂くように、一筋の紅蓮が舞い降りた。
場所は、煌びやかな照明に包まれた巨大カジノ施設──《カジノ・ノクターリカ》。その屋上に、燃え盛る羽根を背にした女が音もなく降り立つ。
「おう、フェルナ。よく帰ったな……どうだった、アイツは?」
声を発したのは、坊主頭に鋭い眼光、首元から這い出すような蛇の刺青──威圧そのものの風貌をもつ男、バスクファミリー初代にして現ボス、《レガルド・バスク》。
女──《フェルナ》は無言でその紅の翼を消し、彼の足元に静かにミオナの身体を下ろした。
「別に……甘いなとは思った」
冷たく吐き捨てるその声音に、どこか挑発的な響きすらあった。
レガルドは口の端を歪め、ミオナの顔を覗き込む。掴んだ頭髪を無造作に引き上げ、にやりと嗤う。
「なあ、ミオナ。よく逃げられたなぁ……ま、誰が手引きしたかは見当がつくけどな。おい、リリー。お前だろ」
そう言うと、しれっと屋上の出入口から顔を出す女がいた。看護師のような白衣に身を包み、場違いなほど穏やかな笑顔。
「ごめんなさ〜い。でも、ミオナちゃん可哀想だったし……ちょっとくらい、いいかなって」
のんびりとした声で答える《リリー》。
レガルドは嘲笑を含んだ声で言う。
「ったく……お前のそういうとこ、なーんも変わらねぇな。裏切る気なんざない優しさバカ、か」
そして、ミオナの耳元へと顔を寄せる。
「……家族が、どうなってもいいのか?」
その一言は刃のように冷たく、卑劣で、ミオナの表情を一気に凍りつかせた。声も出ず、ただ怯えの色だけが残る。
レガルドは手を離し、彼女の身体を床に投げ捨てる。
「リリー、こいつ治しておけ。まだ使い道はある」
「は〜い。ミオナちゃん、大丈夫?ごめんね、私のせいで……」
優しい声とともに、リリーはミオナの隣に膝をついた。ミオナはかすかに首を振る。
「いえ……私こそ、ごめんなさい……」
二人の姿が、屋上の隅に静かに遠ざかっていく。
その背を見送りながら、レガルドは口元を歪めた。
「シュティー・クロード……あのガキが、あの男の娘ねぇ。面白れぇ……これからが、本番だ」
その表情は、悪意と愉悦に満ちていた。
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──数日後。ラグーザ・クロード家。
「レガルド・バスク。初代にして現・バスクファミリーのボスだ」
アラタの報告が、居間の空気を静かに緊張させる。
「拠点は“カジノ・ノクターリカ”。場所はトゥレーノ。表向きは水上カジノ……だが裏じゃ、貴族や政治家を堕とすための暴力の象徴。構成員はほぼ炎系能力者で固められてる」
ソファに腰掛けたシュティーは黙って耳を傾ける。隣にはディノ、後方にはバルタが腕を組んで立っていた。
「……約九年前、ファミリーが姿を現した。ちょうど“お嬢”の父親──先代ボスが亡くなった時期だな」
「……ふぅん」
シュティーはぽつりと呟く。
「熱に弱いボクの能力に対して……わざわざ炎系で固めたファミリーを? まるで……ボクのために作ったみたいだね」
冗談めかして言う口調の裏に、微かな違和感と怒りが滲んでいた。
「……まさか、昔のファミリーの誰かが裏切って……ってこと?」
真相は分からない。
だが、それ以上に今、シュティーの心に焼きついているのは──ミオナの姿だった。
震える声で、顔を歪めながら言った「……助けて」
それは、シュティーが初めて“直接”言われた「救いの言葉」だった。
今まではヴァリーナから持ち込まれる“依頼”として対処していた。人のためではあっても、どこか他人事で、距離があった。
だが──今回は違う。
「……絶対に助けるから。ミオナちゃん」
その言葉は、静かな決意と共に灯された。
かつて穢れた手でさえ誰も守れなかった少女が、今、誰かを守るために立ち上がろうとしていた。
少しずつ物語が進むよ!




