第22話「飛んで火に入る」
「……レガルド・バスク。ボス──お嬢の父上の時代にいた……元・ファミリーの一員だ」
ディノのその一言に、部屋の空気が一瞬にして重たくなる。ソファに胡座をかいていたアラタが眉をしかめて、困惑したように言った。
「そんなやついたか? 名前も聞いたことねぇけど」
ディノは静かに首を振る。どこか昔を懐かしむような、しかし目には鋭い光が宿っていた。
「あぁ……アラタとバルタは知らないだろうな。レガルドがファミリーにいたのは、ほんの短い期間だった。先代と俺がファミリーを立ち上げて、まだ一年経つかどうかの頃だったか……腕っぷしが良いって理由で入ったんだ。だが……」
ディノは煙草をくわえかけて、ふと火をつけるのをやめた。
「レガルドは、先代の思想とは真逆だった。先代が掲げた“人のためになるマフィア”っていう信念を、レガルドは嘲笑ってた。アイツが求めたのは暴力による支配。力こそ正義。そんな思想だった。……結局、先代と真正面からぶつかって敗れて、ファミリーを追い出された。あとは……まぁ、ゴロツキ崩れになったとか、他の組織に拾われたとか。いろんな噂はあったが……」
「今まで大した動きはなかったんだな」とアラタが静かにまとめる。
そのやり取りを聞いていたシュティーは、ソファに寄りかかっていたが、身体を起こし、ミオナの傍に目線を移した。
「つまりそのレガルドって人が……ミオナちゃんに酷いことをしてる、ってことか」
その言葉にミオナがわずかに身体を震わせる。手首や足首には、消えかけた傷がいくつも刻まれていた。記憶よりも、身体が覚えている苦痛。恐怖は、言葉よりも正確に彼女の表情を歪めていた。
「アラタ。追体験で、他に何か見えた?」
シュティーの問いに、アラタは少しだけ間をおいて答えた。
「……俺の追体験は、相手の“記憶”をそのまま見られるわけじゃない。断片的に、感情や空間の輪郭がわかる程度だ。……でも古い水路みたいな場所を走ってる映像と……牢屋みたいな所で、誰かが寄り添ってた記憶は見えた」
「牢屋……」とシュティーが呟く。
アラタの顔は冗談の欠片もない。真剣そのものだった。記憶を“追う”という行為は、時に本人以上に心に負荷を与える。それほどミオナの記憶は、苦痛に満ちていた。
シュティーはミオナの手をとって、優しく笑った。
「……ま、行く宛がないなら、しばらくボクの家に居たらいいよ。ここは基本的に誰も来ないし、何かあったら守ってあげるから」
「……本当ですか?」
ミオナの顔に、ほんの僅かだが安堵の色が灯る。その微かな希望の火が、どれだけ貴重なものかは、誰もが直感的に理解していた。
「よーし、とりあえず……ご飯にしよっか。ミオナちゃんもお腹空いてるでしょ?」
いつものように、何でもない口調で言ったその瞬間。
――ズドンッ!
爆音とともに天井が爆ぜる。破片が宙を舞い、土煙が一気に立ち上る。誰もが咄嗟に身を低くした。
「何だ……ッ!?」アラタが叫ぶ。
煙の奥から、ゆっくりとその姿が現れる。全身に炎を纏い、背中から燃え盛る羽根を生やした女が、悠然と空から舞い降りた。
その姿は、美しさと狂気を兼ね備えていた。
だが、ミオナの反応は違った。
「……っ……」
顔が蒼白になり、唇が震え、声が出ない。彼女は凍りついたように立ちすくんでいた。恐怖で、身体が言うことをきかない。
女は、無表情に言い放つ。
「ミオナ。レガルド様が待っている」
低く、硬く、そして冷たい声音。言葉に感情はない。だが、その場の空気が一気に凍りつくほどの威圧を孕んでいた。
「いや……嫌だ……帰りたく……な……っ!」
ミオナが言い終える前に、女の羽根が炸裂する。炎が一瞬で空間を包み、ミオナが壁際へと叩きつけられる。
シュティーが刀を抜き、一閃で熱気を切り裂きながら女の前へと立ちはだかる。だが、女は微笑一つ浮かべず、冷酷に言い放った。
「……素敵なところね。私の元いた場所とは大違い」
そのまま、ミオナを見下ろしていた視線を、シュティーへと移す。
「貴女がその気なら……この素敵な場所、燃やしてあげる」
一瞬で、全ての選択肢がシュティーの脳裏をよぎる。
ここで戦えば──勝てるかもしれない。人数もこちらが多い。
だが、戦えば必ずこの場所は焼ける。両親の思い出も、家族の写真も──すべて、灰になる。
「……ッ」
女が無言でミオナを抱きかかえ、再び空へと舞い上がる。
「シュティー・“クロード”。貴女は──何も守れない」
火の羽根が炸裂するように弾け、爆風が家中を揺らした。
誰もが、その場で立ち尽くすしかなかった。
しばらくして、沈黙を破るように、ディノがぽつりと口を開いた。
「……なぁ、お嬢。今の女、まさか──」
その言葉を制するように、シュティーは静かに、しかし冷たく言った。
「うん……あいつ、“ボク”の名前を、フルネームで呼んだ」
つまり──
「ボクが“ボス”だと知っている」
刹那、シュティーの瞳に色が宿る。鋭く、濁りのない意志。獲物を見定めた狩人のそれだった。
「……アラタ。レガルド・バスクについて、調べてくれる?」
その声にいつもの軽さはなかった。低く、重く、暗く。まるで心の奥にある深淵が、ひとつ返事をしたような声だった。
結構悩んだけど書けた!




