第1話「眠りの病」Part1
クロード家──ソルズカ共和国、セルカ島東岸に位置する中核都市ラグーザを治める小さなマフィア一家。
だがその実態は、“街の謎”を日々解決する、影の守護者とも言うべき存在だった。
今日もまた、1件の奇妙な依頼が舞い込もうとしていた。
「飯できたぞー」
野太い声と共に、食堂へどさりと何かが置かれる。
置かれたのは山のような肉料理。声の主は、身長180cmをゆうに超えるスキンヘッドの大男──バルタ・コレンだった。
「おいバルタ、これじゃあボスがお前みたいな肉だるまになっちまうぞ」
皮肉っぽく言うのは、黒髪をラフに流したおちゃらけ男──アラタ。
「ははっ、お嬢も食べ盛りなんだ。いいじゃねぇか」
そう笑ったのは、クロード家の“表向きのボス”──シュティーの側近にして、刀を携える男、ディノ・ファルク。
「まぁまぁ、ボクが食べられなかったらアラタが全部食べるから」
挑発するような調子で笑ったのは、この家の“真のボス”──16歳の少女、シュティー・クロードだった。
「なんで俺なんだよ!?」
即座に突っ込むアラタ。そんな平和で、少しだけにぎやかな昼下がり。
その空気を破るように──「コンコン」と扉がノックされた。
「あら、シュティー、こんにちは。昼に起きてるなんて珍しいわね」
入ってきたのは、制服に身を包んだ金髪の少女。
柔らかな微笑をたたえたその人物は、ヴァリーナ・セシル。
シュティーの幼馴染にして、街でも名高い名家・セシル家の一人娘だ。
セシル家は表向きにはクロード家と関係のない貴族として振る舞っているが、実際には資金援助や情報提供など、密接に支援をしていた。
ヴァリーナの役目は、街で起こる依頼や事件を“シュティーへ届けること”。
「おはよう、ヴァリーナ。また依頼?」
シュティーが興味津々に問いかける。
ヴァリーナは楽しげに小首を傾げて、言った。
「“眠り病”って、聞いたことある?」
「眠り病?」
シュティーは首を傾げる。
「ええ、ラグーザの西側にある小さな町で、最近流行ってるの。歩いていても、話していても、ご飯を食べていても──突然、眠ってしまうの」
「……危ないね」
「でも、深刻な症状ではなくて、すぐ起きるらしいの。自然な睡眠のようで。でもね、その“眠り病”にかかった人たちには、共通点が一つある」
「共通点?」
「みんな、1週間ほど前に、ある診療所に行ってるの。その町の外れにある、小さな診療所よ。おそらく、その関係者が何かしら関わってる可能性があるの」
「つまり──能力者の犯行ってこと?」
「多分ね。だから、お願いできる?」
ヴァリーナの目は真剣だった。それに応えるように、シュティーはわくわくした声で答えた。
「分かった。いいよ、行ってくる。アラタ、行くよ!」
「へいへい、また急だな……」
そんな軽いやり取りとともに、シュティーとアラタは出発した。
数時間後、西の町──
小さな町にたどり着いた二人は、どこか眠っているような街並みに違和感を覚えた。
人の気配はあるが、まるで町そのものが、深い夢の中に落ちているような静けさ。
「……空気が違うね」
そう言いながら、シュティーは一人の婦人に声をかけた。
「こんにちはー、“眠り病”って知ってますか?」
婦人は眉をひそめつつ、落ち着いた口調で答えた。
「ええ、よく知ってるわよ。近所の奥さんの息子さんがなったの。いきなり目を閉じて、ぐうぐう寝始めたって」
「その人たち、どこか診療所に通ってたって話を聞いたんですけど」
「ええ、街の外れにある“シン先生”の診療所よ。そこに行ってから、調子を崩す人が増えたの。でも、あの人は町でも人気のある優しい先生なの。まさか……そんなことは」
婦人の言葉には、先生を信じる気持ちが強くにじんでいた。
「……診療所の場所、教えてもらえますか?」
「もちろん。地図を取ってくるわ」
数分後、丁寧に手渡された地図をもとに、シュティーは即座に立ち上がった。
「アラタ、行くよ!」
「ったく、早いな……」
目的地は決まった。
あとは、“真相”を暴くだけだ。
別視点──診療所内
静かな診察室。陽が差し込む窓。小さな机。
「……今日は、夜の22時に眠れるようにしておきますね」
そう語りかけるのは、優しく穏やかな声の持ち主。
診療所の主──シン先生。
その声は、まるで春風のようだった。
だが、その目に浮かぶ光は──どこか異質だった。
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