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物語のはじまり







「魔物は2階にいたの?なんだか怖いわ」


「ママ!冗談じゃないの!?」


「今、魔物を制裁する準備が整った。

外にいる彼が、魔法を発動する」


ヴァルドさんの言葉を聞き、ルシアンさんが玄関先から顔を出し手を振る。


「あら。彼もなかなかのイケメンね。

ヴァルド様には敵いませんけど」


「魔法って……何をするって言うんだ!?」


「だから、魔物退治っすよ。

何もやましいことがなければ、君たちにはなーんにも、起きないっすよ。

ゆっくり座ってピザでも食べててくださいっす」


「な、なにを」


太った子――アシェくんの義兄レオンと言ったかな。怯えているようだ。


「ヴァルド様!

私のためにここまでして頂けるだなんて」


「少し黙ってろ」


「ヴァルド、様?」


ヴァルドさんが合図をすると、ルシアンさんの魔法が発動され、家全体が瞬時に光に包まれる。


「さて」


頭の上で手を組み、傍観の姿勢だ。


ヴァルドさんは2人に対して睨みを効かせている。あの睨みだけで人を気絶させられそうだ。

しかし、彼ら2人は今、それどころではないようだ。


「な、何!?何これ、き、汚いっ!!」


「ま、ママ!?暗いよ!!ここどこ!?」


彼らはひたすら身体を掻きむしったり、頭を抑えたりしている。


「や、やめてよっ!やめて、出してよ!

出して出して出して!!

ごめんなさい、ごめんなさい!!」


「嫌ーーーっ!!熱い、熱い熱い、顔、私の、顔が……っ!!」


各々に叫び回る2人。

しかし、実際のところは《《何も起きていない》》。こちらから見えるのは、ただ2人が狂乱状態で暴れ狂っているだけだ。


ルシアンさんの魔法はえげつない。


彼の発動した魔法は、対象――アシェくんの記憶と感情に干渉し、彼らに“自分自身の恐怖”を幻覚として見せるものだ。


まさに復讐に、とっておきの魔法。

故に扱いが難しくて、協会からは禁止されていた。なかなか試す機会がなかったらしく、今回ルシアンさんはノリノリで発動しているようだ。


「いやだ、痛いのやだっ!!ご、ごめんなさい、ごめんなさいっ!マ、ママーーっ!助けて!」


「や、やめて!!来ないで!!

謝る、謝るわ!!謝るから……嫌ーー!!」



「騒がしいっすね」


「防音魔法が張られている。

外には聞こえない」


「さすがっす」


「アシェがここにいなくて良かった」


「そうっすね。見せない方がいい光景っす」


「……なかなかの成果だね」


ルシアンさんが部屋の中に入ってくる。

彼らは全く気付いていない。

狂っていく2人を騎士団3人で見るという、なんともまあ、シュールな光景だろうか。


「これは想定以上の結果だよ。

実践でも試せそうだ」


「誰に試すんっすか……」


「そうだなぁ。

口を割らせたい相手とかにでも少しずつ試して様子を……」


「真面目に答えないで欲しいっす」


「しかしかなりの魔力を消耗するだろう」


「そうだね。さすがに頻繁には使えなさそうだ。

……どうだい?満足した?」


「まだだ」


「そうっすね。まだ甘いっすね」


「奴らは、アシェの物語には不要だ。

二度とアシェの人生に関わらせない……!」


___



「アシェ」


少し遅くなってしまった。

アシェは大丈夫だろうか。


部屋を見回すと、アシェは――ソファーの上で沈むように眠っていた。

部屋でソファーに座らせた後、そのまま眠ってしまったのだろうか。

本の入った鞄を抱きしめたまま、頬にはまだ乾ききらない涙の跡が残っている。


「アシェ。戻ったぞ」


頬にそっと手を寄せる。


「……っ!ヴァルド、さん?」


最初はびくり、と身体を震わせていたが、すぐに目を擦り、ぼんやりとした眼でこちらを見ていた。


「よく眠っていたな」


「ご、ごめんなさい。ソファー、ふかふかで、き、気持ちよくて……」


「いいんだ」


頭を撫でてやる。

今まで、あんな場所で眠っていたのだから今、こうして安心して眠れていたなら、それだけで十分だ。

 

「その服。動き辛いだろう」


「ううん。綺麗な服。嬉しいんだ」


えへへ、と袖を擦り合わせてアシェは笑顔を向ける。


「アシェ」


「わ」


アシェを抱え上げる。軽すぎる。

これは片手でも持てそうだ。


「なんで、また、抱っこ……?」


「もう、終わったんだ」


「え……?」



___



制裁は終わった。

ルシアンによる魔法は解かれたが、まだ彼らは幻覚から逃れられずにいる。


家内は今までと何も変わりはないが、彼らは物音に震え、暗がりに何かがいるのではと怯えていた。


「ああぁ。もう、嫌、嫌。

私の顔、顔がああぁぁぁ!!」


「暗いのは嫌なんだよぉ!!

ごめんなさい!ごめんなさい!!」


幻覚の強さは、今までアシェに与えてきた非道の数々に、比例している。

どれほどのことを彼らがしてきたのか。それは、彼ら自身の苦しみが物語っている。


「幻覚から逃れたければ、今すぐこの街から出て行け。そして、アシェには二度と近付くな」


「ヴァルド、様…………っ……。

わ、私を守ってくれるんじゃ……」


「ま、ママ!もう嫌だ!

ここにはいたくないよ!」


何の罪もないアシェを何年も虐げ、心も身体も傷つけた。命を取られなかっただけ、ありがたいと思え。


その後、リオットがにっこり笑って釘を刺すように言った。


「もちろん、移住先でも同じようなことがあれば、また幻覚が復活するかもしれないっす。

お気をつけるように」


「ひいいいぃぃ……!」


アシェが自由に外に出られるようになるには、過去の影を、この街から追い出す必要があった。


やがて、奴らの姿はこの街から消えるだろう。


__



「アシェが心配するようなことはもう、何もなくなった」


「ぼ、ぼくがここで、生きてても……怒られないの?また、暗いとこに入れられたり、しないの?」


「あぁ。アシェは生きてていいんだ」


「ヴァルド、さん……」


「ここにいろ。アシェ」


「う、う、わああ、ああ」


アシェは大きな瞳からぼろぼろと涙を流した。乱れた灰色の髪を撫でてやると、アシェはオレのシャツを小さく握った。


思わず胸元に抱き寄せる。


誰にも頼れなかった。

いや、こんなに小さいんだ、頼り方も分からなかっただろう。


ようやく自由になった彼の心にはまだ、深い傷が残っている。


アシェに必要なものはまだ、山程ある。


彼が幸せを掴む、手助けをしてやりたい。


こんな幼い子が自分の命を諦めるようとするなんて――そんなことは二度と起こさせないためにも。


少しずつでいい。

ここでの生活に慣れていってくれれば。


アシェの幸せな物語は――ここから始まっていくんだからな。









ここまで読んでくださりありがとうございます。

1章完結しました。2章へと続きます。


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