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居場所




ヴァルドさんは、ぼくが生きてていって言ってくれた。ここに居ていいって言ってくれた。


そんなこと、いいの?

役立たずなのに、いいの?


気付くと、いつも我慢していた声が出て涙を流していた。ヴァルドさんの服が汚れてしまう。


「今までよく頑張ったな」


ヴァルドさんは静かに優しく、ずっと頭を撫でてくれていた。






ヴァルドさんは執務室の2人掛けソファーにぼくを座らせてくれた。

またタオルがびしょ濡れになっちゃった。

ヴァルドさんも隣りに座って、ぼくの顔を何度もタオルで拭いてくれていた。


ようやく涙が止まって来た頃。

ノックの音が執務室に響き渡る。


「入れ」


「ヴァルドさん!報告書を持ってきました!……おや?入団希望の子っすか?」


明るい声で入って来たのはヴァルドさんの真っ黒な髪とは正反対の赤い髪の色をした男の人。この人も剣を持っている。


「彼はリオット・アルベリオ。

オレの部下だ。

彼は入団希望ではない。

……紋章が盗難された件の、身代わりとして寄越されたんだ」


「み、身代わり……!?」


ヴァルドさんはリオットさんに、ぼくのことを説明してくれた。

リオットさんは熱心に聞いてくれていた。


「そう言うわけで、彼を保護することにした。責任はオレが持つ」


ヴァルドさんのお話しが終わって、こちらを振り返ったリオットさん。目からは、ぼろぼろと涙が溢れていた。


「そんなの騎士として……いや、人として放っておけるわけないじゃないっすか……!

アシェくん、よく頑張ったっすね……っ!

ここにいる人達は皆アシェくんの味方っす!

ヴァルドさん、口は悪いし目つきも悪いけど、本当は優しい人だから……」


リオットさんに抱き付かれそうになるのを、ヴァルドさんが俺の肩を強く抱いて防がれる。


「親睦の抱擁くらいさせて下さいよ!」


「ダメだ。まだこの環境に慣れてないんだ。

気安く触るんじゃない」


「厳しいっすね!

しかし、アシェくんの保護は賛成ですが、今……部屋は団員達でいっぱいっすよね」


騎士団庁舎には、騎士団員たちが暮らす寮があるってヴァルドさんは言っていた。

でも、部屋じゃなくても大丈夫。


「ぼく、どこでも大丈夫です。

部屋じゃないところでも」


お義母さんはぼくの部屋を、物置と言っていた。

ぼくは、どこでだって眠れる。


「何言ってるんすか!

そんなのダメに決まってるっす。

ここでそんな扱いしないっすよ」


「アシェは、オレの部屋に住ませる」


「なるほど。ヴァルドさんの部屋は他の団員達よりも、広くて綺麗だし、最適……ってマジっすか!?」


「二言はない。もう決まった。

部屋が空いた頃に、アシェ用の部屋を整えてやればいい。アシェ。それでも構わないか?」


「は、はい」


ヴァルドさんの大きい手のひらでぼくの手を優しく握ってくれた。

そのまま執務室を出て広い廊下を歩く。

ヴァルドさんは本当にぼくと、一緒に居てくれるんだ。


「そっか。良かったっすね!アシェくん!

あ、自分も着いて行きますね」


「……ったく、暇なのか」


「いやヴァルドさんこそ業務記録を書いてる途中じゃないっすか」


「そうだ、リオット。昨日提出された書類に不備があった。書き直しておけよ」


「うえぇ……分かりました」


ヴァルドさんとリオットさん、とっても仲良しだ。なんだか面白くなってちょっとだけ笑ってしまった。


「アシェ……笑顔で居てくれ」


「そのとおりっす!」


2人が優しく微笑んでくれて、なんだか心が温かくなった気がした。


ぼくはヴァルドさんとリオットさんと一緒に手を引かれて、階段を2階へと上がっていった。




「アシェ。ここだ。開けてくれ」


「はい」


ドアに手をかけて、扉を開けてみる。

入るとその部屋には、すごく大きなベッド。

勉強机に柔らかそうなソファー。

本棚には本がぎっしり詰まっている。

そして大きい窓にはカーテンが付けられていた。


「相変わらずヴァルドさんの部屋はこんなに広いのに、綺麗っすねー」


「お前の部屋が汚すぎるんだ。

アシェ。お前の部屋が空くまで、ここで暮らしてもらって構わない。

オレは執務室にいることが多い。

好きに使ってくれ」


「こ、こんな大きくて綺麗な部屋……。

ぼくも、居て、いいんですか……?」


そこは、今までぼくの部屋にはなかった物ばかりが広がっていた。


「勿論だが……敬語は要らない。

これからここで、皆と暮らすんだ。

少しずつ、慣れていってくれ」


「そうっすよ!遠慮はなしっすよ」


「あ……、ありがとう、ござい、ます。

ヴァルドさん。リオットさん……」


さっき止まったはずの涙がまた出て来てしまう。男なのにって怒られてしまう。


「な、泣かないで欲しいっす!アシェくん!

このくらい普通っすよ。

それに誰かと一緒のがきっと楽しいっすよ。これから自分とも、たくさん話しましょう」


「……うん。リオットさん……」


シャツの袖で涙を拭う。

するとヴァルドさんがまたタオルを渡してくれた。




それからリオットさんは書類の不備を直すために、騎士団作業室へと向かった。

また会いに来るって言ってくれた。

ヴァルドさんはため息をついていたけれど。


「アシェ。団の支給服だ。

一番小さいサイズがこれしかなかったんだが、着てみてくれないか?」


「はい」


団の支給服を手渡される。

団員たちが部屋着として使うものだってヴァルドさんは言っていた。

ぼくが今来ている服よりさらさらで、着心地がいい。


「わあ……」


「やはり上下ともぶかぶかだな。

すぐにもうワンランク……いやツーランク下のサイズの物を準備させる。

悪いが今日はこれで我慢してくれ」


たしかに袖は手がすっぽり隠れるほど長かった。でも、こんな新品の服をぼくに着せてくれるなんて。


「……ううん。すごく、うれしい」


袖が長くてだぼだぼでも構わない。

こんなに綺麗なんだもの。


「アシェ」


「わ……」


突然ヴァルドさんがぼくのことを抱え上げた。


「ヴァルド、さん……なんで抱っこ……」


「いや。しばらくここで休んでいてくれ。

色々あって疲れただろう。

後ほど騎士団庁舎を案内するからな」


「あ、ありがとうございます……」


こくりと頷く。

ヴァルドさんはぼくを、部屋の真ん中にある2人掛けソファーに座らせた。


「あ、の……」


「なんだ?」


「ぼくは、死んだことに、されますか?」


「…………」


お義母さんとレオン義兄さんが望むのは、ぼくが罪を償っていなくなること。


ここにいるのがもし知られたら、レオン義兄さんはぼくが罪を償ったって思わないかもしれない。


「……アシェが不自由になるような生活は絶対させない。

だが今はまだ……ここで好きなだけ本を読んでいてくれるか?」


ヴァルドさんの部屋にはたくさん本がある。

ここで読んでても、怒られないんだ。


「オレからのお願いだ」


「わ、わかりました」


「敬語。そこは、分かった。だろう」


「あ、う……?」


ぼくは首をかしげる。まだ慣れなくて、つい敬語が出てしまう。


「少しここで待っていてくれ。

……すぐ、終わらせてくる」


ぽんぽんと頭を優しく撫でられて、ヴァルドさんは部屋を出た。


その時のヴァルドさんの表情は、一瞬優しかったけれど、すぐに決意に満ちた表情に変わっていた。

それが何を意味しているのか、ぼくにはまだよく分からなかった。


部屋を見渡す。

ここで……暮らしていいなんて。

ヴァルドさんの部屋はとても綺麗で、要らないもの置き場とされていたぼくの部屋とは正反対。


この座らせてくれたソファーもふかふか。

お尻が沈んで柔らかくて動けなくなりそう。


こんな素敵な場所にぼくが一緒に居ていいと言ってくれて、またぽろりと涙が出そうになった。









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