天国に持っていくもの
「殺してなどと、そんなことを言うな」
目線を合わせ、そっとアシェの身体を引き寄せる。泣いている彼の頭を、自分の肩に押し付けた。これは、ただの庇護欲だ。
「もう、戻るなと……そう言われたのか?」
「…………」
泣いたまま、何も言わない。
そんなの同意してるのと変わらない。
アシェは肩越しに泣きながら、静かに呼吸をしている。
ふと、鞄が目に入る。
くたびれていて、何度も縫い直したかのような鞄の中には本が入っているのが見える。
「本、好きなのか?」
「…………」
小さく、こくりと頷いた。
「どんな本が好きなんだ?」
まるで、子守りをしているようだ。
しかしこんな状態の彼を放って置ける訳がない。
「ぼ、冒険のと、騎士様の本……。
騎士様の本は、最後まで読めなかったけど、冒険の本は、天国で……」
そこで彼は口をつぐんだ。
オレの紋章を盗んだのは、アシェの義兄、レオン・サリュスだと分かっている。
紋章は大事な物ではあるが、ガキの戯れ。
簡単に盗まれる警備体制も見直すべきだ。
なので大人しく本人が反省し、直接返しに来れば、ぶん殴って終わらせても良かった。
しかしそいつは自身の犯した罪の重大さに怯えたのだろう。
オレの紋章を盗んだ罪で処刑されると考えた。
だからアシェに身代わりになれと頼み、そのまま帰って来るなと言われた。
断ればどうなるかわからない。
そんな残酷な家庭内の主従関係が窺える。
そこに――最期のつもりで、大切な本を持って来たと言うのか。
もう、帰れる場所もない。
だから大切な本を、天国に持っていけたらと。
身代わりになって罪を被り、全て終わらせてもらう。それだけを考えて……。
「……。そうだな。もう、戻る必要はない。
終わりにしよう」
「……ぼくを、罰して、くれますか?」
アシェは胸元でこちらを見上げる。
「あぁ……」
剣を抜くとアシェはカバンの紐を握り、目を瞑った。まるで天国に本を持っていけるよう、祈るかのように。
オレは剣を振り下ろし、そのまま床に突き立てる。
剣は床に深々と突き立った。
その音に、アシェの肩がびくりと小さく跳ねる。
「え……?」
アシェは目を見開く。
「ここで、身代わりにされたアシェは――もう、死んだんだ」
「……ぼ、ぼく……生きて……」
「もうこれで、罰は終わった。
アシェ。たくさん本を読みたいだろ?」
「……」
目に涙を溜めながら、こくりと頷く。
「アシェ。ここには読んだことがない本が山ほどある。お前はここにいろ。
オレが一緒に居てやる。
だからもう、戻らなくていい」
「……い、っしょに……?」
「ここにはちょっと変わっているが、気の良い奴らが多い。皆、アシェを歓迎してくれるはずだ」
剣を鞘に収め、再びアシェと目線を合わせる。
「……こ、ここに。居て、いいんですか……?」
「……あぁ。もう罰は終わったんだからな」
「罰は、おわ、ったのに、ぼく、生きて、て……
そ、そんなの、あ、う……あああん」
「アシェは生きてていい。
当たり前だろう」
泣いてるアシェを引き寄せ、頭を撫でてやる。
ここまでこの幼い少年を追い詰めた奴らには、それ相応の罰を受けさせる必要がある。
ぼろぼろと涙を流すアシェの隣りで、オレは静かにその決意を固めていた。