身代わり
「やっぱりアシェに……」
「だろう?ママ」
リビングに入るとすぐにお義母さんにそう言われる。何の話だろう。
テーブルの上には見慣れない紋章が置いてあった。模様が入っていて、キラキラカッコいい。
「学院の子と度胸試しで、あの騎士団長ヴァルド・ノイシュタット様の紋章を盗ったのは、本当に凄いわ……レオンちゃん。
学院の友人の中でも1番だったでしょう」
騎士団長ヴァルド・ノイシュタット様。
この国で一番強い騎士様だって、聞いたことがある。
「そ、そうだよ!1番凄いものを盗んだんだ!
みんな凄いって言ってて……」
「……でもね、それがバレたらいけないことだって。可愛いレオンちゃんの首が……飛んでしまうかもしれないの。分かるわよね?」
「だ、だから!やばいと思ったから、アシェを呼んだんだろう!」
ぐいっと身体を引っ張られる。
え?なんで、ぼくが呼ばれたんだろう。
「アシェ。お前……身代わりになれ。
お前がこれを、盗んだことにしろ」
「え……?」
「アシェ。レオンちゃんの身代わりになりなさい。ヴァルド様に返して、あんたが謝罪するのよ。レオンちゃんはアシェと違って優秀。
魔力だって高い、あんたとは違うのよ!
こんなところで罰を……処刑されるわけにはいかないのよ!」
身代わり……?処刑……?
「れ、レオン義兄さんがちゃんと、ごめんなさいすれば、きっとヴァルド様だって許して……」
「うるさい!それでおれが処刑されたらどうするんだ!いや牢屋行きかもしれない!下手したら拷問されるかもしれないだろ!」
「あっ」
どんっと身体を突き飛ばされて、近くの椅子にぶつかった。背中に少し痛みが走った。
「このために姉さんはあんたを寄越したのね。初めて感謝したわ。いい?アシェ。
明日朝一でヴァルド様の元に行って『自分が盗みました』って言うのよ。
そのままレオンちゃんの代わりに罰を受けて来なさい」
「……お、お義母さ……」
「何も言わずに帰って来たらどうなるか……分かってるでしょうね。バラしても、あんたの戯言を聞き入れる者は居ない。
もうそのまま――帰って来なくても、構わないわ」
「…………っ」
それは、そのまま処刑されても構わない。
そういう意味だ。
ぼろり、と身体が、心が崩れ落ちた。
涙も出ない。
ぼくが家事をいっぱい頑張ったら、いつか魔法を使えるようになったら、お義母さんやお義兄さんと仲良くなれるかもって。
そう思ってた。だから毎日頑張ってた。
でもぼくはお義兄さんの身代わりに、なる。そうするしか、ないんだ。
「さっさと明日の準備をなさい」
「アシェ。頼んだぞ。
ちゃんとおれの代わりに謝ってこいよ」
レオン義兄さんに手を掴まれる。
ぼくの手の中には紋章が、握らされていた。
____
薄い布が敷かれた床で横になる。
でも、全然眠れなかった。
月明かりだけが、部屋を照らしている。
まだ本は読み終わってないのに。
剣だけで魔物を倒した騎士様の話も。
冒険の話も。
でもぼくは明日、レオン義兄さんの身代わりになる。騎士団長の紋章。とっても大事な物だ。
盗んだのがぼくだって知ったら、きっとその場で、殺される――
「う……うぅっ……」
また涙が溢れ出てきていた。
涙で布がびしょびしょだ。
身体を丸めると、ズキンとさっき打ちつけた背中が痛んだ。
お義母さんはいつも言っていた。
姉さん……ぼくの本当のお母さんは、穀潰しの役立たずだけ残していった、と。
魔法もろくに使えないのだったら、せめて家事くらいまともにやれ、と。
でもぼくは料理も掃除も全然出来なかった。
レオン義兄さんが食べたいって言ったものを、作れなくて怒られた。
埃がまだ残ってるって叩かれた。
ぼくが魔法もろくに使えない、役立たずだから。きっと、こういう、運命だったんだ。
この本の――物語の主人公みたいには、なれないんだ。
「う、ああ……う、」
あんまり大きい声を出すとお義母さんに怒られるかもしれない。布で声を抑えながらぼくは、この部屋でのさいごの夜を過ごした。
__
「アシェ。紋章は?」
「ここに……」
手を開いて見せる。
「ちゃんとレオンちゃんの代わりに謝罪するのよ!」
「はい……」
「アシェ。おれは今日念の為、学院を休む。
頼んだぞ」
「うん……」
「そうねレオンちゃん。それがいいわ。
さあ、さっさと行きなさい。アシェ」
「はい……」
玄関へと背中を押される。
2人が見送ってくれるなんて、初めてかもしれない。
いってきますって言ってみたかったけど、言いたくなかった。
だってもう、ここには帰って来ないんだもの。
「ママ。これでおれは大丈夫だよね?
殺されないよね?」
「役立たずのアシェでも謝るのは得意だから大丈夫よ。何かあってもレオンちゃんのことは、ママが守るわ」
玄関のドアを閉める。
ぼくに出来ることは、レオン義兄さんの身代わりになる。それだけだもの。
ゴミ捨て場から拾った冒険の本。
鞄に入れて持って来た。
最期まで持ってたら、死んだ時に天国に持って行けるかもしれないから。
天国で続きが、読めるかもしれないから。
ぼくは鞄の紐を握りしめて、騎士団庁舎に向かった。