商業都市メルセバ
「商業都市メルセバです!
お気を付けて行ってらっしゃいませ!」
「ありがとう」
「わっ」
ヴァルドさんに抱っこされて、馬車から降ろされる。
見回すと、そこには――
「……わぁ……っ」
思わず声がこぼれた。
目の前に広がっていたのは、石畳の通りにずらりと並ぶ、たくさんのオシャレなお店。カラフルな看板に、可愛い飾りつけ。なんだかいい匂いもする。
店先には焼きたての菓子パンや、光るようなガラス細工。洋服、絵本、ぬいぐるみ――なんでもある。
遠くで音楽が鳴っていた。
通りを歩く人々は、みんな笑っていて、楽しそうで、知らない街なのに、不思議と怖くなかった。
「ここが、メルセバ……?すごい……!」
「そうだ。ここが商業都市メルセバだ。
いつも賑わっているな」
「ぼくが来ても、良かったの?」
少しだけセリカの入った袋をぎゅっと握る。これだけで何か買えるのかな。
貯金箱にある分を持ってきても、足りないかもしれないけど。
「アシェのためにここに来たんだ。行くぞ」
「え?」
「人が多い。はぐれないようにな」
「う、うん」
ヴァルドさんに手を握られる。
子供じゃないのに。
もう10歳なのに、手を繋ぐなんて、ちょっぴり恥ずかしい。でも全然、嫌じゃないんだ。
_____
「まずここだ」
「えと。バッグのお店……?」
ヴァルドさんに手を引かれて入ったお店。
中には色とりどりのバッグが並べられている。
他にもお客さんが楽しそうに見ていて、奥にお店の人が座っていた。
ヴァルドさんの鞄を買うのかな。
ヴァルドさんは腰に小さなかっこいいポーチを付けている。どれを買うんだろう。
「鞄をお探しですか?」
お店の人が、ヴァルドさんに気が付いて手を上げて近づいて来る。
「あぁ。彼に合うサイズのものを」
「でしたら、この辺りはいかがでしょうか?」
「えっ?」
お店の人が案内してくれたのは小さなポシェットが置いてある場所。
どれもぼくが以前使っていた鞄よりも、頑丈で綺麗に見える。
「アシェ。どれがいい?騎士団庁舎に来ていた仕立て屋が持って来ていた鞄では、アシェには大きかったからな。
ここならアシェが使いやすい物があるだろう」
「ぼ、ぼくの?」
「あぁ。これからたくさん出掛けるなら鞄があった方がいいだろう。セリカを無くさないためにもな」
セリカの入った袋をぎゅっと握りしめる。
ぼくが使っていい鞄……?
「この辺りはオススメですよ。軽くて頑丈。
なのにたくさん入ります!」
「いいな。これはどうだ?」
「えっと。えっと……」
ぼくが物を選んでいい。なんてこと、なかったから分からない。だって今までレオン義兄さんがいらなくなった鞄を使っていたんだ。破れても、穴が空いても針と糸で縫えば使えるから。
“役立たずのアシェ”はそれでいいだろう、って。
「わっ」
ヴァルドさんがポシェットを一つ、ぼくに掛けてくれる。
「サイズもちょうどいいな。どうだ?」
「あ、えと」
「アシェ?」
「わ、分からない。
ぼく、鞄、あるよ?
レオン義兄さんがくれた……」
ヴァルドさんがしゃがんで、ぼくと目線を合わせてくれる。
「義兄がくれた物がまだ、使いたいのか?
こっちを使って欲しいんだが。
オレのよりあの義兄の物がいいのか?」
首を振る。ヴァルドさんの方が好きだ。
ずっと優しくて、一緒に居てくれる。
「こ、これがいい。
ヴァルドさんが、選んでくれた物……」
「良かった」
いずれアシェの意見も聞かせてくれ。と言ってそのポシェットを持って、店員さんのところに行ってしまった。
店員さんはにこにこ笑顔でヴァルドさんと話して、別のお店を指差していた。
「ありがとうございます!またどうぞ!」
店員さんはぺこりと挨拶していた。
ヴァルドさんはぼくにポシェットを掛けてくれる。
「あ……」
「やはり似合うな。アシェはどう思う?」
そのポシェットは軽くて、オシャレで、窓ガラスに映った自分がカッコよく見えた気がした。
「か、カッコいい。ぼ、ぼくじゃないみたい」
「アシェはアシェだろう。
大事に使ってくれると嬉しい」
「うん……!ずっと大事にする」
ポシェットの紐をぎゅっと握る。
セリカの袋を大事にポシェットに入れた。
ずっとずっと大事にするんだ。
「破れても、直して使う!」
「気持ちは嬉しいが、そう簡単に破けないだろう」
ヴァルドさんは少し笑うとまた手を繋いでくれた。ポシェットは軽いけどちょっとだけ重くて、いっぱい物を入れたいなって思った。
____
「ここにも行きたかったんだが、いいか?」
「うん」
ヴァルドさんに手を引かれて入ったお店。
さっき鞄屋さんの店員さんが指をさしていたお店だ。
「いらっしゃいませ。何をお探しですか?」
「財布が欲しい」
「ご用意ありますよ!こちらです」
店員さんに案内される。
このお店ならぼくでも何か買えるだろうか。
ぼくだって、セリカを持っているんだ。
並んでいるお財布に値段が付いているので覗いてみる。見てみるとぼくの持っているセリカでは、全く足りない値段だった。
ノーマン館長に教えてもらったけど、もっと上の単位の銀貨や金貨が必要みたいだ。
セリカがもっともっと、もーっと、必要だった。肩を落とす。
「この辺りなら使いやすそうだ。
アシェ。どうだ?」
「わ?」
思わず変な声を出してしまう。
ヴァルドさんの大きな手の中には小さなお財布があった。
落ち着いた茶色に、金の飾りがついていて、よく見ると小さな星の模様が浮かんでいる。
「か、カッコいい!」
「そうか。これにしよう」
ヴァルドさんが店員さんにそのお財布を渡す。もしかして、購入するのかな。
「あの、もしかして、それもぼくの……?」
「そうだが」
「お金。ぼくにたくさん使わなくても、大丈夫だよ?」
お金は大事な物。
お義母さんに何回も言われた言葉だ。
“役立たずのアシェなんかに、使う金はない”って。
「気にするな。オレが渡したいんだ。それに――」
ヴァルドさんはじっと遠くを見つめていた。
「もうアシェを、手放せなくなったからな」
「え……?」
ヴァルドさんは店員さんから小さな紙袋を受け取り、ぼくに渡される。
「ここまで来て、要らないと言うのか?」
ヴァルドさんは悲しげな表情だ。
なんだか、そんな表情をさせてしまったことを後悔した。ぼくは首を振る。
「……ありがとう。ヴァルドさん。
ずっと大切にするね」
「良かった。……少し休憩したい。甘い物でも食べよう」
「え、と……? わ、あ!」
お店を出るとまた突然抱っこされる。
ヴァルドさんは抱っこが好きだ。
重くないのかな。
ヴァルドさんのシャツをぎゅっと掴む。
ヴァルドさんに悲しい表情をして欲しくない。
大事に使うことでヴァルドさんが喜んでくれるなら。そうしたいなって思ったんだ。
_____
「わ、ああ……!」
「お待たせしました。
プリンアラモードとコーヒーでございます」
ぼくの目の前にプリンアラモードが置かれる。真っ黒いコーヒーはヴァルドさんの前に置かれた。
ヴァルドさんに連れられて入ったお店は高級そうな喫茶店だった。みんな静かにコーヒーを飲んだりケーキを食べたりしている。
椅子もふかふかで、かっこいい絵が飾られていて、なんだかドキドキしてしまう。
ぼくがここにいてもいいのかなって。
でも今はヴァルドさんが着せてくれた服に、ポシェットも持っているんだ。
だから、変じゃないと思う。
真ん中にぷるぷるのプリンにフルーツがたくさんとクリームが乗っている。
以前ヴァルドさんと食べた、パフェと少し似ている。あの時食べたパフェと同じくらい、なんだかキラキラと輝いて見えた。
「ぼく、食べて良いの?」
「あぁ。アシェは騎士団の中で良く頑張っているからな。ご褒美だ」
「ご褒美……」
ヴァルドさんにそう言ってもらえるなんて嬉しい。でもぼくはお義母さんのところにいた時よりも全然出来てない。
早起きしてご飯を作ろうにも、食堂の人たちがぼくよりも美味しいご飯をたくさん作ってくれる。
今まではぼく1人でやっていたお掃除や洗濯も当番のみんなでやるからすぐ終わる。
なのに美味しいご飯は毎日食べられるし、勉強も教えてもらえる。色んな本が読めて、温かいお風呂に毎日入れる。
ふかふかのベッドだってある。
ヴァルドさんが毎日ぼくに声を掛けてくれる。
こんなに幸せで良いのかなって思うんだ。
「食べないのか?」
ヴァルドさんに見つめられて、目の前に置かれた、美味しそうなプリンアラモードに目を向ける。ぼく、食べていいんだ。
「た、食べる!いただきます」
「ゆっくり食えよ」
プリンをすくい上げて、口の中に入れる。
プリンは口の中で甘く、とろけて消えていった。
「プリン……甘くて、美味しい!」
「そうか」
ヴァルドさんはなんでだか少し、笑っていた。
「ヴァルドさん。はい」
「オレは別に……」
プリンを一口すくってヴァルドさんに差し出す。
要らない、かなあ。
手を戻そうとしたら、ヴァルドさんに手首を優しく掴まれて、そのままプリンがヴァルドさんの口の中に入っていく。
「ありがとう。美味いな」
「一緒に食べるの、美味しい」
「良かった。まだもっと美味しい物がたくさんある。ここはケーキも美味しいんだが……また食べに来よう。今は一気にたくさん食べさせない様、ルシアンに言われてるからな」
「ルシアン先生に怒られちゃうもんね」
ヴァルドさんとの約束。
また今度って言ってくれることは、ぼくにとってすごく嬉しいことなんだ。




