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出発の朝






「わ、あ……!風が気持ちいいよ」


「気持ちいいな。

しかし危ないからあまり乗り出すなよ」


ヴァルドさんに腰を押さえられる。

ぼくは今、初めての馬車に乗っている。

ヴァルドさんと2人だけだ。


窓から見える景色がとてもきれい。

森の中の木々の匂い。

遠くに動物たちが見えた。


「楽しみ。えっと、しょうぎょう……」


「商業都市メルセバだ。1日楽しもう」


少しずれてしまったネクタイを直される。

今日は全部新品の服で、まるでぼくじゃないみたいな格好だ。


ヴァルドさんはいつもの制服ではないけど、真っ黒いかっこいいシャツを着て、腰に剣を下げている。


「付き添ってくれるんだろう?」


「うん……!」


馬車で街にお出かけなんて初めてだ。

商業都市メルセバ。どんなところなんだろう。

健康診断の時にルシアン先生に少しだけ教えてもらったんだ。



___



「数値もほぼ問題なし。

ご飯も今まで通り少しずつ食べれば、何を食べても大丈夫だよ」


「ありがとうございます。ルシアン先生」


「先生……」


ルシアン先生、なんだかすっごく嬉しそう。


「ところで明日、商業都市メルセバに行くんだって?ここらで一番栄えてる街だからね。

楽しんでおいで」


「はい」


「しかし君よりヴァルドくんの方が楽しみなんじゃないか?」


「え?」


「誰が楽しみにしてるって?」


医務室にヴァルドさんが入ってくる。

先に健康診断していてくれって言われてたんだ。


「ヴァルドさん」


「用事があるんだ。

アシェに着いてきてもらいたい。

明日はいつもより早起きできるか?」


「出来る!」


「元気がいいな」


頭をぽんと撫でられる。

ヴァルドさんの大きい手のひら、好きなんだ。


「今日のうちに馬車を手配しておいた。

アシェは馬車に乗ったことがあるか?」


首を振る。見たことはあるけど、乗ったことは一度もない。


「念の為朝、揺れにくくなるように魔法をかけよう。馬車に酔うかもしれないからな」


「はい」


そんなこともできるんだ。

魔法ってすごい。

診察椅子から降りてヴァルドさんに手を引かれる。


「アシェくんには言ったけど健診の結果は特に問題ないよ」


「わかった。助かる」


「明日早いなら僕は見送り出来そうにないな。

いってらっしゃい」


ルシアン先生はひらひらと雑に手を振った。

ぼくはちょっとだけ思い出した。

お義母さんとレオン義兄さんにいってきますを言えなかったこと。帰ってこなくていいと言われたこと。


でもここにぼくは、帰ってきてもいい。

ぼくを待っていてくれる人がいる。

一緒にお出かけしてくれる人がいる。

一緒に帰ってくれる人がいる。


「い、いってきます!」


ぼくはなんだか嬉しくて、いつもより大きな声が出てしまったんだ。



___



「アシェくん」


ヴァルドさんの部屋に戻ろうとしたら、ノーマン館長に声を掛けられた。

エレナさんも一緒だ。

ちょいちょいと手で呼ばれる。


ヴァルドさんに背中を軽く押されたので、ノーマン館長の方へ駆け寄る。


「明日、お出かけするんじゃろ?」


「はい」


ヴァルドさんとお出かけ。

楽しみだ。なんでみんな知っているんだろう。

顔に出ちゃってたのかな。


「少し早いが、これを……」


「え?」


袋を渡される。

両手で受け取ると、少し重い。

なんだろう。

袋を開けると、小さな銅色のコイン――セリカが何枚も入っていた。


「図書館の仕事、頑張ったからのう。

正当な報酬じゃよ。

楽しんでいってくるのじゃよ」


「あとこれも。

良かったら道中、一緒に食べてね。

明日気を付けて、いってらっしゃい」


エレナさんからクッキーの入った袋を渡される。エレナさんの手作りクッキー。

すごく美味しいんだ。


「ありがとう。ありがとう、ございます……」


「あわわ。泣かないでアシェくん!」


今までぼくが使っていいお金なんて無かった。

いつか、お義母さんに家事を認められたら、魔法が使えたら、もらえるのかなって思ってた。

でも、今は――


「アシェはいつもよく頑張ってるからな」


ヴァルドさんに涙を拭かれる。

すぐぼくは泣いてしまう。

でもヴァルドさんは泣いてるぼくを、一度も怒らないんだ。


「良い子は寝る時間じゃぞ。

ほら行きなさい」


ノーマン館長がヴァルドさんにウインクをすると、ヴァルドさんが苦笑いをした。


「行くか」


「うん。……行ってきます!」


元気良く言いたかったけど、涙はやっぱりまだ、止まらなかったんだ。



_____






それから。

ヴァルドさんの部屋に入って明日の準備をしようとしたら、ドアの前に人が立っているのに気が付いた。


「ザナック?どうした?」


「ヴァルドさん!すみません。

夜分遅くに。黙って置いていこうかと思ったんですが。アシェくんにこれを」


木で作られた、小さい家の形をしている。

置物かな?


「余った木材で作ったんです。

俺のとこ置いておいてもしょうがないし、アシェくんにと思って」


「ありがとう……!」


木で出来てるけどツルツルしてる。

ぼくの部屋に、飾りたいな。


「貯金箱か?精巧な作りだな」


「貯金箱……!ヴァルドさん天才ですか!?

その案がありました!

穴開けて作り直してきます!」


「おい」


ヴァルドさんの制止を待たずに、ザナックさんはどこかに行ってしまった。


「貯金箱だと思い込んでしまった。

悪いことをしたな。しかしザナックのことだ。

すぐに戻ってくるだろう」


「う、うん」


部屋に入ってソファーに座っていると、本当にすぐにザナックさんは戻ってきていた。


「貯金箱はいいアイデアです!

素材を余らせないのが俺の主義なんで、もらってやってくだせえ!」


木でできた家の形の――貯金箱を手渡される。


「ありがとう……」


「良かったな。ザナックが作った物だ、そう簡単には壊れない」


「褒めても何も出ませんぜ!

あと裏にコインを出し入れできる蓋もついてますよ」


「あの一瞬でそこまで作ったのか……」


裏側を見てみると、小さな蓋とロックできるように回すところがついている。


「それでは夜分遅くにすみませんでした!

明日お気を付けて!」


ザナックさんは敬礼すると、そのまま部屋を出て行ってしまった。


「もう行っちゃった」


「本当に渡すためだけに来たんだろうな。

にしても、アシェは人気者だな」


2人掛けソファーに一緒に腰を下ろすと、ヴァルドさんがぎゅっと抱きしめてくれる。

ここに座るとヴァルドさんがたくさん抱きしめてくれるから、なんだか嬉しいんだ。

ヴァルドさんの手をぎゅっと握る。


「明日の準備もあるし風呂に入るか」


「うん……!」


_____



ヴァルドさんの部屋の大きいお風呂に入ってぽかぽかだ。パジャマに着替えると、ヴァルドさんがタオルで頭を拭いてくれる。


「自分で、やるよ?」


「風邪をひいたら困るからな」


頭を拭かれながら、髪に温かい風が当たる。

ヴァルドさんの魔法だ。


ヴァルドさんは色んな魔法が使える。

たくさん使えるのに、そうでもない。といつも言っている。ヴァルドさんの魔法について今度聞いてみたいな。


「綺麗に乾いたな」


ヴァルドさんが今度は自分の髪をガシガシと拭いている。

ヴァルドさんはパジャマも真っ黒だ。

ぼくのパジャマはヴァルドさんがくれたものだ。サイズがぴったり。

ポケットがネコの形をしていて、なんでだかしっぽもついているんだ。ネコの形のフードは眠る時にちょっとだけ暖かいんだ。


「準備って何をすればいい?」


「そうだな。アシェは先日購入した服を着て、共に来てくれればいいが……」


シャツとズボンとネクタイと。

ドキドキする格好だ。

こくりと頷く。


そうだ。お金。

ぼくも何か買っていいのかな。


「セリカ。持っていってもいい……?」


ノーマン館長にもらった、報酬。

使ってもいいかな。


「そうだな。

持っていくのは3枚くらいでいいだろう。

あとはザナックにもらった貯金箱に入れておけ。また次回、使う機会もあるだろうからな」


「分かった」


また、次もあるんだ。

それがなんだか嬉しかった。

ザナックさんにもらった木彫りの家の貯金箱にセリカを入れる。少し振るとジャラリと音がしていた。


「この家の中にたくさん貯めていこう。

これはアシェのお金だ」


「うん!」


貯金箱はまだ軽いけど、いっぱいになる日がとても楽しみなんだ。



ーーーーーー





日が登り始め、いつもより少し早いが身支度を整える。そろそろアシェを起こしておくか。

アシェはまだ眠そうだったが、ふと覚醒したように起き上がり、「お出掛け楽しみ!」と元気良く着替えていた。


ここ騎士団庁舎から商業都市メルセバまで徒歩だとかなり時間がかかる。

子供の足ではキツイだろう。


アシェの様子を見てみると、既に嬉しそうに頬を染めていた。


アシェには銅貨――セリカを持たせたが、昨晩のノーマン館長の目配せ。「アシェにもお金を使わせてあげなさい」ということだろう。

色々とお見通しのようだ。


「馬車もう来てるかなあ」


「まだ時間ではないな。

しかしすぐ来るだろう」


今日は騎士団庁舎の寮の入り口から外へ向かう。ここに馬車が来る手はずになっている。


「あれ?」


「ヴァルドさん!アシェくん!」


門の前に立っていたのは、リオットだ。

手を振っている。

なんとなく会うような気はしていたが。


「リオットさんだ」


「へへ。せっかくの2人のお出掛けっすからお見送りっす。これ良かったらどーぞ!」


「あ、ありがとう……!」


リオットはアシェに2つの小瓶を渡した。

栄養ドリンクだ。

アシェはエレナ司書からもらったクッキーに栄養ドリンクで、両手はいっぱいだった。


そろそろ馬車が来る時間だ。見ると遠くから走ってくる馬車が視界に入った。


「馬車が来たな」


「わあ!大きい。カッコいい!」


「上等な馬車っすね~!」


オレ達の目の前に綺麗に止まり、扉が開けられる。

階段が少し高いだろう。

アシェを抱え上げて、馬車の中に乗せる。


「い、椅子がふかふか。

クッションも……!」


「本当だな。

では行ってくる。留守は任せたぞ」


「お任せ下さいっす!お気を付けて!」


リオットは敬礼して返す。


「い、いってきます!」


アシェは馬車の中から大きな声で伝えていた。


「いってらっしゃい。お土産話、楽しみにしてるっす」


リオットは再び手を振る。

馬車はゆっくりと走り始めて、騎士団庁舎を後にした。



_____





窓の外の景色を堪能したのか、アシェは外から馬車の中に目を向けた。


「エレナさんにもらったクッキー、

食べてもいいかな。リオットさんにも、もらっちゃったね」


「あぁ。アシェは人気者だな」


すると馬車の外から声が聞こえた。


「少し長旅になると思い用意しました!そちらも良ければどうぞ!」


御者は手綱を取りながら、通る声でこちらにそう告げた。馬車の小さなテーブルには果実水と焼き菓子が準備されていた。


「あ、ありがとうございます」


「ありがとう。頂くか」


「うん」


魔法のお陰で揺れも少ない。

アシェは安心そうに、さくりとクッキーを頬張っている。


「美味しい!エレナさんのクッキー!

ヴァルドさんも」


アシェにクッキーを差し出され、

そのままアシェの手から口元へ運ぶ。

程よい甘さだ。


「お行儀が、悪いよ?」


「そうか?」


「うう」


アシェは少し目を逸らしながら、クッキーをもぐもぐと食べている。頬にはクッキーの粉が付いていた。

手で軽く払い落とす。


「あ、ありがとう。こんなに食べても、大丈夫かな?」


「食べていい。街の中はすこし歩くからな」


「はい」


アシェは幸せそうに焼き菓子やクッキーを味わっている。もう少しで街が見えてくるだろうか。

アシェが食べる姿を眺めながら、果実水をそっと口にした。












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