新しい服と明日
「ふむ。大分上達したのう」
「えへへ」
今日はノーマン館長に図書館で、文字の読み書きを教わっている。
文字を書くのはとても楽しい。
ノートとペンをヴァルドさんが渡してくれた。
大事に使うんだ。
「おっと。こんな時間じゃの。昼食の時間だ。
食堂に行くかの。ヴァルドくんが待っているじゃろう」
「はい」
騎士団庁舎では1日3食食べるのが当たり前になっている。以前は食べられない日もあった。
なのに今は3食どころかおやつがもらえる日もある。ううん。ほぼ毎日、おやつがあるんだ。
椅子から降りる。
どこも椅子が大きいので、よいしょって降りないとまだ降りられない。
「エレナくん。昼食じゃぞ」
「はい。閉めますね」
エレナさんは、本の整理を中断して休憩中の札に変えた。3人で食堂に向かう。
「あ。ヴァルドさんだ」
「アシェ」
ヴァルドさんが図書館まで迎えに来てくれた。
ぱたぱたと走ってヴァルドさんの元に向かう。
「勉強は進んだか?」
「うん。上達したって、ノーマン館長が言ってくれたんだ。今、食堂に行こうとしてて」
「そうか。ありがとうございます。
ノーマン館長」
「いいんじゃよ」
ノーマン館長は微笑みながら手を振っている。
「それと、アシェにもう一つ用事があるんだ。
早めに飯を食べてしまおう」
「?」
ヴァルドさんに優しく背中を押されて、食堂に向かうことになった。
「あれじゃの。エレナくん。
これは、以前教えてもらった……」
「尊い、ですか?」
「それじゃ。尊いのう」
「分かります……」
_____
「う、わ……嫌なタイミングに来てしまった。
混みすぎじゃないか」
「あれ。ルシアンさん。昼時に珍しいっすね」
「リオットくん」
時計をちらりと見ると、ちょうど騎士団員たちが昼食休憩に来る時間だった。
時間を全く見ていなかった。
腹が減ったので、食堂に来たのだ。
「君は何してるの?食堂で食事もせずに」
「ヴァルドさんとアシェくんが来るのを待ってるっす。そろそろ来るかと。あ、噂をすれば!」
リオットくんが手を振る方向にヴァルドくんとアシェくん。アシェくんは小さく手を振り返している。まるで忠犬のようだな。リオットくんは。
「ルシアンさんも一緒にどうです?
今なら4席空いてるっす」
「あー」
腹も減ったし、見渡す限りここしか席は空いてなさそうだ。断る理由もないか。
椅子に腰を掛ける。
「ヴァルドさん!席取っておいたっす」
「頼んではいないが、助かった。
ルシアンも一緒とは珍しいな」
「偶然ね。
アシェくん、大分顔色が良くなったね」
「朝ごはんいっぱい、食べたんだ」
アシェくんは、にこりと笑った。
今は大分頬に赤みもついたようだ。
「ヴァルドさんが懸命に、アシェくんの面倒を見ていますからね」
「別に普通だろう」
戦闘中のヴァルドくんを知っていると、今の穏やかな様子には驚かされる。
魔物相手には一切の容赦なく、次々と斬り捨てるその姿は、冷酷そのものだった。
アシェくんの存在が、彼を変えているのだろうか。
「メニューが増えてる」
「食べられる物が増えてきたな」
アシェくんのメニューは健康状態を見て、彼専用に作ってくれている。
食べ切れる量はまだ少ないが、食べられる種類は大分増えたようだ。
「オムライスがある。
リオットさんが教えてくれたものだ!
ふわふわたまご、なんだよね?」
「そうっすよ!ここのオムライスも美味しいっすよ!」
「いつの間にそんな話をしたんだ」
「この間ですよ。ねっ」
「うん」
アシェくんとリオットくんはいつのまにか、かなり仲良くなった様だ。
リオットくんは誰にでも良い意味でも悪い意味でも分け隔てなく、接するからな。
「で、何にするの?
全員そのオムライスでいい?」
こちらはともかく腹が減っている。
さっさと注文してしまいたい。
「ちょっと待って下さい!」
「アシェ。こちらも食べてみたいと言っていなかったか?少し分けてやろう」
「わあ。いいの?」
アシェくん相手には相変わらず甘いようだ。うちの騎士団長は。
「注文するよ」
「えーっと!自分はこれでお願いするっす!」
騒がしいなあ。
腹が減ったと言うのに。
でもまあ、新しい楽しみもできた。
アシェくんの変化を間近で見られるのも、退屈しなさそうだな。
___
「これも似合いそうっすね!」
「これなんかもいいんじゃない?」
「え、っと……」
お昼ご飯を食べた後、ぼくはヴァルドさんに中庭に連れられた。
中庭では月に1回騎士団庁舎に仕立て屋さんが来るみたい。
子供用の服も持ってくるように頼んでおいた、とヴァルドさんは言っていた。
中庭には、たくさんの服が並べられていて、騎士団員の人たちはみんな服を買ったり試着したりしている。
そんな中ぼくは今、ヴァルドさんとリオットさん、ルシアン先生にたくさん服を渡されていた。
「お前ら、自分のはどうした」
「自分は先月買ったので今回はいいかなーと!」
「好みのものがなかったんだよね」
「全く。アシェ、着替えられたか?」
「う、うん」
上から下まで全部、着たことがない服だ。
前まではレオン義兄さんに要らないからって言って渡された、破れたり穴の空いてしまった服を着ていた。
ここに来てからは騎士団員の人と同じ、柔らかい生地で出来た部屋着を着ている。
これもすごくかっこいいのに、今はピシッとしたシャツにかっこいい半ズボン。ベルトに靴下。靴まで用意されている。
シャツはちょっと首がきゅうっとなるけど、背筋がしゃんとする気がした。
「似合うな」
「かっこいいすよ!アシェくん」
でもなんだかまるで、貴族の人みたいだ。
ちょっとだけ落ち着かない。
「ネクタイはどちらの色にするか」
ネクタイを2本渡される。
黒と白。どちらもかっこいい。
「アシェくんの髪の色に近い白っすかね?」
「シャツや彼の髪が白に近いなら黒がいいんじゃないか?」
リオットさんとルシアンさんもどちらがいいのか話している。ぼくは一つを指差す。
ヴァルドさんの髪と同じ、黒色。
「そうだな。こちらにするか」
ヴァルドさんの手でネクタイは首に巻かれて、パチッと留められた。
「いいっすねー!」
「これにしよう。一式もらえるか?」
ヴァルドさんが仕立て屋の人と話している。
もしかして購入するのかな。
「ヴァルドさん。こんなかっこいい服。
着ていくところがないよ」
「ある。まず、明日だ」
明日?なんだろう。
ヴァルドさんは仕立て屋の人と話している。
「明日は久々の丸一日お休みですもんね。
楽しんで来てくださいっす!」
「騎士団長もハードな仕事だよね」
ヴァルドさんに腕を引かれる。
この服はいつのまにか、ぼくの物になっていたようだった。
「あ、ヴァルドさん、あの」
「なんだ?」
「あ、ありがとう……」
「いいんだ」
ヴァルドさんがなんともなしにぼくに着せてくれたけど、どれも大切にしようって思った。
こんな素敵な物、初めてなんだ。
_____
「アシェくん……良かったね。
あ、これ下さい」
「エレナちゃん。いつもありがとうな!」
「どれも可愛いので!
いつも財布の紐が緩くなっちゃいます」
私は月1回中庭に来る仕立て屋を毎度楽しみにしている。物色していたら、ヴァルドさん達がアシェくんに色んな服を着せているのを目撃した。
本人は遠慮がちだけど、周りが色々持ってきており、遠くから見ていたけど微笑ましい。
ルシアンさんまでそれに参加してるのは何だか珍しいけれど。
騎士団庁舎まで売りに来てくれる仕立て屋は、レパートリーも毎回違うし、お買い得だし、好みの物も多いのだ。密かな楽しみでもある。
明日は確かヴァルドさんがようやく丸一日お休み。
アシェくんの勉強もお休みにして予定を組んだ。2人でどこかに行くのかしら。
最近魔物たちも落ち着いてきている。
楽しんで来れるといいな。
「これはさすがに若いかのう。エレナくん」
「似合いますよ!ノーマン館長!」
「これいいっすね!
やっぱり買っちゃおうかな。
ルシアンさん。これどうっすかね?」
「僕はもう帰るね」
アシェくんのおかげでちょっとだけみんな変わってきている気がする。
ここがアシェくんにとっての大切な居場所になってくれたら嬉しいな。なんて。
そんなことを思うのだった。




