冷徹騎士
近くの喫茶店に入り、アシェに食べさせてみたいと思っていたパフェを一つ注文する。
自分はコーヒーだ。
人気商品なのかそんなに時間が立たずとも、パフェはアシェの前に置かれていた。
アイスに小さなチョコケーキ、フルーツがふんだんに盛り付けられており、アシェの顔が隠れてしまうほどの大きさだ。
彼は10歳にしては小柄だからな。
「すごい。大きい。こんなに、食べられないよ」
ゆっくり単語を区切って喋る。
アシェの癖だ。義母に怒られないような単語を選んで、話してきたのだろうか。
「オレも少し食べてやる。
アシェのせいで、甘いものを食すことが増えてきてしまったな」
オレ自身甘い物は好んで食べない。
しかし、アシェと出会ってから自然と甘い物に目を向けるようになった。
アシェが甘い物を食べる時、目を輝かせて喜ぶのだ。そんな姿はずっとみていられるほどだ。
「ヴァルドさんは……どうしてぼくなんかに、こんなに、優しいの?」
アシェに上目遣いでじっと見つめられる。
そんなに疑問に思うことだろうか。
「身寄りのない人間をウチで受け入れるのは、よくあることだ。
それに、騎士団に入る者はいつもこの黒剣で試される」
「ヴァルドさんの、真っ黒の剣?」
「あぁ」
アシェはオレの腰の黒剣をじっと見つめ、そっと指を伸ばしかけて、慌てて引っ込めた。
これは最初に出会った時、アシェに振り下ろした剣だ。
「大抵は斬るべき“何か”があるものだが――アシェにはそれがなかった。
だからこそ、育ててみたいと思ったんだ」
この黒剣を通して、オレはその人の心の状態を見ることができる。
心の中にある邪悪や迷いは、黒い霧のようなモヤとなって映し出されるのだ。
入団するのに、完全な人間であれとは言わない。オレにだって斬るべき場所はいくつもあるだろう。
アシェを黒剣越しに見た時、何も見えなかった。
彼の心はあの時、ただあの義母や義兄のために身代わりになるので、殺して欲しい。
それだけを考えていたのだろう。
そんな彼を放っておけない。
そう思ったんだ。
「黒剣越しに見える邪悪なモヤを理由に、気に入らない者を追い出してきた。そのせいで、一部からは“冷徹騎士”などと呼ばれるようになってしまった。皮肉なものだ」
コーヒーを一口飲み、話を続ける。
「そいつは、別の場所で厄介ごとを起こして、処罰を受けたらしい。なので間違ってないと思っている。……まあこんな話どうでもいいな。食べないのか?」
「あ、う……」
アシェが下を向き、もじもじとしている。
なんだ。照れているのか?
「ぼく、何もないよ。役立たずってずっと言われていたもの」
アシェは自身の服の袖をぎゅっと握っていた。
役立たず。アシェがよく口にする言葉だ。
義母達に言われ続けていたのだろう。
「そんなことはない」
「……ぼく、ヴァルドさんみたく、カッコよくなる。もっと勉強して、ヴァルドさんの役に立つからね」
「……それは楽しみだな。
パフェのアイスが溶けてしまうぞ」
「あ、わわ……」
アシェはスプーンを手に持ち、溶けかけていたアイスを掬い、口に頬張る。
相変わらず目を輝かせて、美味そうに食うものだ。
「美味しい。甘い!ヴァルドさん、も!」
スプーンを差し出されたので、アシェの手を取り、口に含む。やはり甘いな。
まあこんなに、アシェを可愛がってしまうことになるとは。それだけは予想外だったがな。
___
「魔法もね、ノーマン館長に教えてもらったんだ。……ぼくにも、魔法が使えるって」
「そうか」
文字の練習と共に、魔法までもう教えているとは。やはり見込みはあるようだ。
残ったコーヒーを飲み干し、以前ノーマン館長に言われたことを思い出す。
__
『彼の魔力の様子を見たんだが、まだ固く閉ざされているようじゃな。だが魔力がないわけではない。条件さえ満たせば、解放されるじゃろう』
ノーマン館長はうんうんと頷いていた。魔力が解放されないのは、環境のせいだったのだろう。そう言うことは、多々起こりうる。
『素直ないい子の面倒を見るのは楽しいのう。日々の楽しみじゃよ』
ノーマン館長はにこりとこちらを見た。
それはオレも同じだ。小さく頷く。
『じゃがな……』
ノーマン館長は声を顰める。
『アシェくんは……義母達に“魔力がない役立たず”とずっと言われて来たようじゃな。
“だから、魔法を使えるようにならないといけない”無意識にそう思っているようじゃの』
『……そうですね』
度々アシェが言う、役に立ちたいという言葉。
義母に言われ続けて来た言葉が原因だろう。
魔法を使いたいのも、オレの役に立ちたいからだろうか。
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「ぼく、がんばる!」
アシェは両手をグッと握っていた。
「……まあそんな話をしたが、別にアシェが魔法を使えなくても構わないんだ」
「え?」
パフェの器越しにアシェが悲しげにこちらを見つめる。言い方が悪かっただろうか。
「黒剣はオレがやっている――ただの儀式のようなものだ。あまり深く考えるな」
アシェはこてりと首を傾げる。
なんて伝えたらいいのだろうか。
「アシェがオレの隣りで笑顔でいてくれたら、それでいい。オレはアシェを結構、気に入っているからな」
魔法が使えなくても、色んな生き方がある。
それはここまで生きて来て、学んできたことだ。
「ふ、ええ……?」
アシェはぼわりと顔が赤くなる。
するとふるふると首を振った。
「ぼくも、ヴァルドさんが、だいすき!」
ガタリと思わず動揺する。
コーヒーを持っていたら、落としていたかもしれない。“だいすき”なんて。
「気軽に言うものではないぞ」
「本当のことだもの」
えへへ。とアシェは笑った。
全くこの少年は、オレを試しているのだろうか。そんなアシェがこんなにも、可愛らしいだなんて。
「……パフェは美味かったか?」
「とっても!初めて食べたんだぁ」
空になったパフェの器が店員によって下げられた。
随分食べられるようになったようだ。
「そろそろ行くか」
「はい」
椅子から降りようとするアシェ。
再び抱き上げそうになるが、外なので見守るだけに留めておく。
自分で言ったのだが、オレはアシェを気に入っていたんだな……。
「わ。く、クリームが服についちゃってる!」
「全く」
思わず笑ってしまう。
アシェはまだまだ幼い少年だ。
成長が、楽しみだ。




