ゴミじゃない
「悪いな。手伝ってもらって」
「いいんですよ。ヴァルドさん!」
「わあ」
オレの部屋で作業するのは、騎士団付きの整備士ザナック・ローレスだ。
普段武器の整備や手入れ、武器作りを得意としているが、今日は彼に時間を作ってもらい、オレの一室をアシェの部屋へと改装してもらっていた。
「い、いいの?ヴァルドさんの部屋なのに……」
「軽く片付けただけで、アシェくんの部屋が出来ましたね。
あと机と椅子。余っていたやつを綺麗にして持ってきました。高さも少し低く削ってみたんですが、まだ大きかったみたいですね」
その部屋にはアシェ用に椅子と机が置かれた。最低限のものしかないが、これから増やしていけばいいだろう。
これから文字を学んでいくんだ。
オレの部屋は余っていたし、アシェに使うことができれば充分だ。
「あ、ありがとう。ザナックさん。
ヴァルドさん」
「まだ部屋は空かないだろうからな。
オレの部屋と一緒ですまないな」
「ううん。ヴァルドさんと一緒。嬉しい」
「懐かれてますなー。ヴァルドさん」
「普通だろう」
ザナックはにやにやとこちらを見る。
まあ懐かれて悪い気はしないが。
「今日の作業分は別手当で申請しておく」
「助かります。これで新しい素材試せます!
アシェくんのことで何かあったらいつでも頼って下せえ」
「あぁ。頼りにしている」
アシェを早速椅子に座らせてみる。
椅子が高いのか足が宙ぶらりんの状態だ。
「まだサイズが大きかったかあ」
「構わない。いずれ成長するだろう」
「嬉しい。机も椅子も」
アシェの以前の環境では、義母や義兄の不用品を重ねて机として無理矢理使っていた。
大事そうに机を撫でている。
「この本棚はザナックが木材を使い、作ってくれた物だ。アシェの好きな本を入れていくといい。」
「ありがとう。ザナックさん」
「いいってことよ!
余ってた木材があったからな!」
本棚にはアシェが持ってきた、冒険の本が1冊だけ差さっている。
今まで読んでいた本は図書館で借りたものか、オレの部屋にあったものだからな。
「しかし、この本棚がいずれいっぱいになったら……俺は涙が止まらなくなるかもしれねえです」
「リオットといいお前といい、涙脆いやつばかりだな」
「リオットもですかい?にしても、ベッドの材料が足りなかったのは、申し訳なかったなぁ」
「そこまでさせられない。充分だ。
ベッドはのちに購入する」
「というか一緒に寝ててもいいんじゃないですか?アシェくん小柄ですし」
「いつまでもそう言うわけにはいかないだろう」
アシェと眠るのは、悪くないんだがな。
彼もいずれ1人で寝たくなるだろう。
「まだ寂しいと思いますけどねえ」
ふと以前の物置と呼ばれていた彼の部屋を思い出す。ベッドなどなく、床に薄い布をひいて丸まって寝ていたであろう、彼の姿が思い浮かぶ。
「まあ……まだいいか」
まだ泣きながら寝ていることもある。
しばらくは一緒に寝てやることにするか。
___
『おい!アシェ!』
『わっ。なあに?レオン義兄さん』
今日も部屋で丸くなっていると、大きなノックの音と共に、レオン義兄さんが入ってきた。
『魔法見せてやるよ。ちょっと来い』
魔法。ぼくは何回練習しても使えない。
レオン義兄さんと同じようにやっても、ぼくには何もできない。あんまり見たいものでもないけど。
『早くしろよ!』
『は、はい』
『なんだその汚ねえゴミ』
『ゴミじゃないよ。あっ』
ぼくの本を指差したかと思うと、レオン義兄さんはぼくの本をひったくった。
ゴミ捨て場で拾った本。
だけど、ぼくにとってはゴミじゃない。
『か、返し……』
ギロリと睨まれて、声が萎んでしまう。
反抗しない方がいい。
レオン義兄さんと過ごしていて、学んだことだ。痛いのは嫌だもの。
レオン義兄さんはぼくの本を一つ持って、階段を降りて下に向かった。着いてこいと言われたから、大人しく着いて行く。
『見ててね、ママ』
『あ……』
レオン義兄さんは義母さんの前で、ぼくの本を掲げた。もしかして……。
『今日も魔法で……すごいって言われてさ。
見せてあげる。ほら!』
レオン義兄さんは魔法で、手に持っていたぼくの本に火の魔法をかけていた。
『まあ、すごいわ。レオンちゃん!』
『……や、やめてよ!』
『なんだよ!』
『あっ』
ぼくはレオン義兄さんに燃やされた本を取り返そうとしたけど、ドンって突き飛ばされた。
床に尻餅をつく。
『明日試験があるから練習しておきたくて』
ぼくの本は火の魔法で一瞬のうちに燃えて、黒焦げになっていた。
ぼくは床に落ちた、本だった物をじっとみつめる。炭になって床にぱらぱらと崩れ落ちたそれらは、レオン兄さんの足で踏まれていた。
どうしてこんな、ひどいことをするの?
でも言えないんだ。
言ってもぼくは、叩かれるだけ。
痛いだけ。怒られるだけ。
『なんだ?アシェ。文句でも――』
___
「アシェ」
「わ、あ!」
ヴァルドさんに突然抱っこされる。
ぼくはヴァルドさんに連れられて、街の大きな本屋さんまで来ていた。
騎士団庁舎の図書館も広いけど、もっともっと大きい。それに文房具とか、カフェとかもある、なんだかオシャレな場所だ。
ヴァルドさんは今日ここに、取りに来る物があるんだって。
「気になる本はあったか?」
「え……っと」
ヴァルドさんにぎゅっと抱っこされる。
ちょっとだけ、恥ずかしいよ。でもいっぱい本が並んでて、きっとみんなには見えない。
「アシェの部屋の本棚を埋めたい。
それともオレが決めていいのか?」
「えっと、えっとね。ぼ、冒険の本……」
抱っこから下ろされて、ひとつ指を指す。読んだことのない、表紙がカラフルでかっこいい本だ。
「これか。分かった」
「アシェくん。これはどうっすか?」
「これなんかも良さそうだよ」
リオットさん、ルシアンさんがぴょこりと顔を出す。2人ともこの本屋さんに来る用事があったんだって。ヴァルドさんはため息をついていたけれど。
「アシェに決めさせているんだ。
自分たちの用事はどうした」
「欲しかった魔導書はもう購入したよ」
「自分は何かいい本がないか見に来ただけっす。あ、帰りにカフェでスイーツでも食べに行きます?」
「リオット。お前は見回り途中だろう……。
アシェ、これはどうだ?」
ヴァルドさんにリオットさん、ルシアンさんが持って来てくれた本を渡される。
動物の本と、魔法使いの本と、戦いの本。
どれも面白そう。
「全部読んだことないや。面白そう」
「分かった」
ヴァルドさんはカウンターにいる人にその本を渡していた。もしかして、買うのかな。
リオットさんもルシアンさんも何故だか満足げだ。
ヴァルドさんはカウンターの人とお話しした後、その本とは別に小さな箱を受け取っていた。
「アシェ。今日ここに来たのは、これを取りにきたからた」
ぼくの両手よりも大きくて細長い、頑丈そうな箱だ。
「開けてみてくれ」
「はい」
ヴァルドさんに手渡されたので、蓋を開けてみる。
「これ……ぼく……の?」
箱の中には、綺麗な藍色の万年筆。
そして皮で出来た栞が入っていた。
ぼくのだと思ったのは、2つともぼくの名前“アシェ・エクリュ”って彫られていたからだ。
「アシェの物だ。ここでアシェの物を作って渡したいと思っていた。使ってくれ」
「ありがとう……。ヴァルドさん」
ぼくの物。ぼくだけの、物だ。
胸がぎゅうってなって、もらった箱を握りしめる。
「ヴァルドさん!アシェくん泣いてるじゃないっすか!」
「……ちょっと過保護かもしれないけど、これが普通だって思えるようになるといいよね」
「アシェ。泣くな。帰りにパフェでも食べよう」
「……ぱふぇ?」
ヴァルドさんにタオルで顔を拭かれる。
でも涙が止まらないんだ。
「団長の戻りは遅いって伝えておくよ。
ほら、君は早く見回りに行きなよ」
「ちょっとルシアンさん!
アシェくん。今度自分ともパフェ食べに行きましょうね!」
「うん!」
ルシアンさんと一緒に本屋さんを出るリオットさんが、本屋さんの人に静かにって注意されてた。ちょっとだけ、笑っちゃったんだ。
「少しくらい、いいだろう。
甘い物を食べてくるか。行くぞ」
「……うん!」
ヴァルドさんが手を引いてくれる。
あの時読めなかった本。
本当はすごく、悲しかった。でもぼくは言えなかった。ヴァルドさんと一緒にあの時の本を見つけられるといいな。
ヴァルドさんが優しく握ってくれた手が、まるでぼくを優しく導いてくれるみたいだった。
___
近くの喫茶店に入り、アシェに食べさせてみたいと思っていたパフェを一つ注文する。
自分はコーヒーだ。
人気商品なのかそんなに時間が立たずとも、パフェはアシェの前に置かれていた。
アイスに小さなチョコケーキ、フルーツがふんだんに盛り付けられており、アシェの顔が隠れてしまうほどの大きさだ。
彼は10歳にしては小柄だからな。
「すごい。大きい。こんなに、食べられないよ」
ゆっくり単語を区切って喋る。
アシェの癖だ。義母に怒られないような単語を選んで、話してきたのだろうか。
「オレも少し食べてやる。
アシェのせいで、甘いものを食すことが増えてきてしまったな」
オレ自身甘い物は好んで食べない。
しかし、アシェと出会ってから自然と甘い物に目を向けるようになった。
アシェが甘い物を食べる時、目を輝かせて喜ぶのだ。そんな姿はずっとみていられるほどだ。
「ヴァルドさんは……どうしてぼくなんかに、こんなに、優しいの?」
アシェに上目遣いでじっと見つめられる。
そんなに疑問に思うことだろうか。
「身寄りのない人間をウチで受け入れるのは、よくあることだ。
それに、騎士団に入る者はいつもこの黒剣で試される」
「ヴァルドさんの、真っ黒の剣?」
「あぁ」
アシェはオレの腰の黒剣をじっと見つめ、そっと指を伸ばしかけて、慌てて引っ込めた。
これは最初に出会った時、アシェに振り下ろした剣だ。
「大抵は斬るべき“何か”があるものだが――アシェにはそれがなかった。
だからこそ、育ててみたいと思ったんだ」
この黒剣を通して、オレはその人の心の状態を見ることができる。
心の中にある邪悪や迷いは、黒い霧のようなモヤとなって映し出されるのだ。
入団するのに、完全な人間であれとは言わない。オレにだって斬るべき場所はいくつもあるだろう。
アシェを黒剣越しに見た時、何も見えなかった。
彼の心はあの時、ただあの義母や義兄のために身代わりになるので、殺して欲しい。
それだけを考えていたのだろう。
そんな彼を放っておけない。
そう思ったんだ。
「黒剣越しに見える邪悪なモヤを理由に、気に入らない者を追い出してきた。そのせいで、一部からは“冷徹騎士”などと呼ばれるようになってしまった。皮肉なものだ」
コーヒーを一口飲み、話を続ける。
「そいつは、別の場所で厄介ごとを起こして、処罰を受けたらしい。なので間違ってないと思っている。……まあこんな話どうでもいいな。食べないのか?」
「あ、う……」
アシェが下を向き、もじもじとしている。
なんだ。照れているのか?
「ぼく、何もないよ。役立たずってずっと言われていたもの」
アシェは自身の服の袖をぎゅっと握っていた。
役立たず。アシェがよく口にする言葉だ。
義母達に言われ続けていたのだろう。
「そんなことはない」
「……ぼく、ヴァルドさんみたく、カッコよくなる。もっと勉強して、ヴァルドさんの役に立つからね」
「……それは楽しみだな。
パフェのアイスが溶けてしまうぞ」
「あ、わわ……」
アシェはスプーンを手に持ち、溶けかけていたアイスを掬い、口に頬張る。
相変わらず目を輝かせて、美味そうに食うものだ。
「美味しい。甘い!ヴァルドさん、も!」
スプーンを差し出されたので、アシェの手を取り、口に含む。やはり甘いな。
まあこんなに、アシェを可愛がってしまうことになるとは。それだけは予想外だったがな。




