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【架空国家政治戦記小説】孤独な王冠 ―アルファリア、永世中立国としての戦い―  作者: 霧崎薫


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●第6章:明けの明星

 冬の訪れを告げる冷たい風が、王都カンタベリアの街を吹き抜けていた。セレナは、宮殿の高い塔から、街の明かりを見下ろしていた。


「陛下、準備が整いました」


 クラウス・ヴィンターが告げた。


「そうですか。では、始めましょう」


 この日、アルファリアは画期的な外交会議を開催しようとしていた。四大国の代表を一堂に会し、永世中立国としての地位を正式に確立するための会議である。


 会場となった大広間には、すでに各国の代表が揃っていた。ノルドハイム帝国のシュタインフェルト将軍、大玄朝の李玄岳、アイゼンブルク連邦の代表団、そしてマハーラージャ王国のカプール卿。


 セレナは、ゆっくりと玉座に着いた。


「紳士淑女の皆様。本日は、歴史的な会議にご参集いただき、感謝申し上げます」


 セレナの声は、張り詰めた空気の中に響いた。


「アルファリアは、四大国の狭間に位置する小国です。しかし、その地理的な位置こそが、私たちの最大の強みとなり得る」


 各国の代表は、真剣な面持ちでセレナの言葉に耳を傾けた。


「永世中立国としてのアルファリアは、四大国の緩衝地帯となり、同時に文化と経済の交流点となる。それは、全ての国にとって、利益となるはずです」


 セレナは静かに立ち上がり、準備した文書に目を落とすことなく、澄んだ声で説明を始めた。


「本日は、アルファリア王国の将来に関わる重要な提案をさせていただきます。私たちの提案は、三つの柱から成り立っています」


 彼女は一呼吸置き、ゆっくりと続けた。


「第一の柱は、『相互不可侵と安全保障』です」


 セレナは大きな地図を指し示した。


「アルファリアは、永世中立国として、いかなる軍事同盟にも加わらないことを宣言します。同時に、四大国には、アルファリアの領土保全と主権を保証していただく。これは単なる理想論ではありません。アルファリアが中立地帯として存在することで、この地域の軍事的均衡が保たれる。それは、四大国すべてにとって利益となります」


 セレナは新しい図面を広げた。


「第二の柱は、『経済的相互依存』です。まず、カンタベリアに国際商業地区を設立します。この地区では、四大国の商人が、完全に平等な立場で取引を行うことができます。関税は一律とし、その運用は、四大国と中立国の代表で構成される国際委員会が監督します」


 彼女は具体的な数字が並んだ文書を示した。


「さらに、国際銀行を設立し、多国間の取引を円滑化します。この銀行の理事会には、四大国から平等に役員を招聘し、中立国の金融専門家も参画させることで、公平性を担保します。試算では、この制度により、域内貿易は現在の三倍に拡大すると見込んでいます」


 セレナは、建築図面の束を取り出した。


「そして第三の柱が、『文化的架け橋』です。カンタベリアに四方文化会館を設立します。これは単なる文化施設ではありません。四大国の芸術、学問、宗教が平等に紹介され、研究される場となります。各国の若者がここで学び、各国の知識人がここで交流する。そうして生まれる相互理解こそが、真の平和の基礎となるのです」


 セレナは、さらに詳細な計画書を示した。


「具体的な施策として、以下を提案いたします。まず、四カ国語による国際学術誌の発行。次に、各国の芸術家による定期的な文化祭の開催。そして、四大国の学者による共同研究プロジェクトの実施」


 彼女は、財務計画を示した。


「これらの事業の財源については、以下のように考えています。第一に、国際銀行の手数料収入。第二に、国際商業地区からの税収。第三に、文化施設の運営収入。そして第四に、この制度自体が生み出す経済発展からの派生的収入です」


 セレナは、最後の文書を取り出した。


「さらに、これらの施設の建設と運営には、四大国の企業が優先的に参画できる権利を設定します。つまり、この計画自体が、新たな経済機会を創出するのです」


 彼女は、一つ一つの代表の目を見つめながら、結論を述べた。


「このように、私たちの提案は、軍事的安定、経済的繁栄、文化的発展という三つの要素を、有機的に結びつけるものです。それは決して一国の利益のためではなく、この地域全体の、そして未来の世代のための選択なのです」


 セレナは深く息を整えて、最後の言葉を添えた。


「紳士淑女の皆様。私たちには、歴史を動かす機会が与えられています。アルファリアは、四大国の対立点ではなく、結節点となる準備があります。この提案をそれぞれのお立場で、慎重にご検討いただけますことを、心よりお願い申し上げます」


 大広間に張り詰めた空気が、さらに重みを増していた。セレナが説明を終えると、最初に口を開いたのは大玄朝の李玄岳だった。その切れ長の目には、鋭い光が宿っている。


「セレナ女王陛下。確かにあなたの提案は、理想主義的な美しさを持っています」


 李玄岳は、ゆっくりと言葉を紡いだ。


「しかし、現実的な懸念が一つあります。仮に、ノルドハイム帝国が軍事行動を起こした場合、アルファリアはどのような対応を取られるおつもりですか?」


 その言葉に、ノルドハイム帝国のシュタインフェルト将軍が反応した。


「それは些か不適切な例えではありませんか? むしろ、大玄朝の過去の行動こそが……」


「お二方」


 セレナは静かに、しかし確固とした声で割って入った。


「まさにそのような不信感こそが、私たちの提案の重要性を示しています。アルファリアは、いかなる軍事行動に対しても、厳正な中立を保ちます。それは単なる理想ではありません」


 セレナは新しい地図を広げた。


「この地図をご覧ください。アルファリアの地政学的位置は、まさに四大国の結節点です。どこかの大国が軍事行動を起こせば、必然的に他の三カ国が反応せざるを得ない。つまり、アルファリアへの軍事行動は、即座に地域全体の安定を損なうことになります」


 アイゼンブルク連邦の代表、ハインリヒ・シュミットが口を開いた。


「しかし、そのような微妙な均衡は、経済的な力学によっても簡単に崩れ得ます。我が連邦の産業界は、東方への市場拡大を強く望んでいる。その際の通商路の管理は……」


「シュミット代表」


 セレナは優雅に微笑んだ。


「むしろ、それこそが私たちの提案の核心部分です。アルファリアは、四大国すべての商人に対して、平等な通商権を保証します。さらに、各国の商人が安全に取引できる『国際商業地区』を設立します」


 セレナは詳細な図面を示した。


「この地区では、アイゼンブルクの工業製品と大玄朝の絹織物が取引され、ノルドハイムの農産物とマハーラージャの香辛料が交換される。そして、その取引にはアルファリアの新設する国際銀行が介在します」


 マハーラージャ王国のカプール卿が、深い関心を示した。


「その国際銀行の運営権は?」


「先ほども申し上げました通り、四大国から平等に役員を招聘します。さらに、中立国の金融専門家も参画させることで、公平性を担保します」


 シュタインフェルト将軍が眉を寄せた。


「しかし、そのような複雑な制度は、却って混乱を招くのではないですか?」


「いいえ、将軍」


 セレナは断固として答えた。


「むしろ、この複雑さこそが安定性を生むのです。誰もが得るものがあり、誰もが失うものがある。だからこそ、全ての国が現状維持に利害を持つことになる」


 李玄岳が感心したように頷いた。


「まるで、古代の均衡術ですな」


「その通りです。ただし、より現代的な装いを纏っています」


 カプール卿が新たな疑問を投げかけた。


「文化的な影響力については、どのようにお考えです? 私どもとしては、精神文化の伝播を……」


「それこそ、最も重要な点の一つです」


 セレナは、建築図面の束を取り出した。


「アルファリアに『四方文化会館』を設立します。そこでは、各国の芸術、学問、宗教が平等に紹介され、研究される。これは単なる博物館ではありません。生きた文化交流の場となるのです」


 各国代表は、図面に見入った。そこには、それぞれの国の建築様式を融合させた壮大な建物が描かれていた。


「これほどの規模の文化施設を?」


 シュミット代表が驚きを隠せない。


「はい。そしてこれは、アルファリアが提供できる価値の一つの例に過ぎません」


 セレナは、さらに詳細な計画書を示した。


「教育機関の設立、国際会議の定期開催、多言語出版センターの運営……これらすべてが、四大国の文化的影響力を、より広く、より効果的に伝播させることになります」


 李玄岳が静かに言った。


「つまり、アルファリアは文化の十字路となる」


「まさにその通りです。そして、その十字路には、誰もが平等にアクセスできる」


 シュタインフェルト将軍が、軍人らしい直接的な質問を投げかけた。


「これほどの計画には、莫大な費用が必要でしょう。その財源は?」


 セレナは、すでに用意していた財務計画を示した。


「国際銀行の手数料収入、通商税、文化施設の運営収入……そして最も重要なのは、この制度自体がもたらす経済的な発展です」


 数字を見つめる各国代表の表情が、徐々に変化していく。


「さらに付け加えれば」


 セレナは、最後の切り札を出した。


「これらの施設の建設と運営には、四大国の企業が優先的に参画できます。つまり、この計画自体が、新たな経済機会を生み出すのです」


 広間に、深い沈黙が訪れた。各国代表は、それぞれに思いを巡らせている。


 そして最初に口を開いたのは、意外にもシュタインフェルト将軍だった。


「私は、賛同いたします」


 その言葉に、他の代表たちも次々と頷いていった。


 セレナは、静かに安堵の息を漏らした。しかし、その表情には決して緩みはない。これは終わりではなく、新しい始まりに過ぎないことを、彼女は誰よりもよく理解していたのだから。


 アルファリアの永世中立国としての地位が、今、ここに確立されたのである。


 調印式が終わった後、セレナは一人で父王の書斎を訪れた。


「お父様、私たちは成功しました」


 アレクサンダー4世の肖像画に向かって、セレナはそっとつぶやいた。


「でも、これは終わりではありません。むしろ、新しい始まりなのです」


 窓の外では、明けの明星が輝いていた。

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