●幕間 :永遠の誓い
曇天の下、アルファリア大聖堂の鐘が、深い悲しみを帯びた音色を響かせていた。アレクサンダー4世の国葬の日、王都カンタベリアは濃紺の喪章で覆われていた。
セレナは大聖堂の玉座に座したまま、父の棺を見つめていた。純白の喪服に身を包んだ彼女の横顔は、まるで大理石の彫像のように凛として美しく、同時に深い哀しみを湛えていた。
大聖堂の光壁を透かして差し込む曇り空の光が、静かに棺を照らしている。棺の周りには、アルファリアの伝統に則って、白い百合の花が敷き詰められていた。
「お父様」
セレナは心の中で呟いた。
大聖堂には、四大国からの弔問使節団が列席している。彼らの表情からは、哀悼の意よりも、むしろ打算的な思惑が透けて見えた。特に、マハーラージャ王国の特使カプールの目には、たぐり寄せるような欲望の色が浮かんでいる。
リリアが、小さく震える声でセレナに囁いた。
「姉様……あの方たちの視線が怖いわ」
「大丈夫よ、リリア」
セレナは妹の手を静かに握った。その手は冷たく、しかし確かな強さを秘めていた。
大司教による葬送の祈りが始まった。ラテン語の詠唱が、幾重にも重なる柱廊を伝って響き渡る。セレナは目を閉じ、父との最後の会話を思い返していた。
「セレナ……私の指輪を……」
その言葉の真意を、彼女は今もなお探り続けている。父から受け継いだ印璽の指輪は、今、彼女の左手の薬指にはめられていた。それは単なる王権の象徴以上の、何か大きな意味を持っているはずだった。
祈りが終わり、参列者たちが次々と献花を始める。四大国の使節たちは、それぞれの国の伝統的な花を捧げていく。しかしセレナの目には、その花々が、まるで毒を含んだ蛇のように見えた。
「アレクサンダー4世陛下は、賢明な君主でいらっしゃいました」
ノルドハイム帝国の使節が、形式的な弔辞を述べる。
「我らが同盟国として、深い悲しみを共有いたします」
大玄朝の使節が続く。その言葉には、かすかな脅しのニュアンスが含まれていた。
セレナは静かに立ち上がった。喪主としての挨拶を述べるためだ。大聖堂に集まった人々の視線が、一斉に彼女に注がれる。
「本日は、亡き父、アレクサンダー4世の国葬に、お集まりいただき、深く感謝申し上げます」
セレナの声は、予想以上に落ち着いていた。
「父は常々、こう申しておりました。『小国であるからこそ、私たちには大きな誇りがある』と」
その言葉に、四大国の使節たちが、かすかに表情を強張らせる。
「その誇りとは、力による支配ではなく、知恵による調和を求める精神。対立ではなく、融和を目指す心なのです」
セレナは、ゆっくりと参列者たちを見渡した。
「父の遺志を継ぎ、私はアルファリアの新しい未来を築いて参ります。それは決して易しい道のりではないでしょう。しかし……」
彼女は一呼吸置いた。
「この国に受け継がれてきた魂を、私は必ずや次の世代へと伝えていく。それこそが、今この時に、父の棺前で私が誓うことです」
セレナの言葉が終わると、大聖堂に深い静寂が訪れた。それは単なる沈黙ではなく、何か大きな力を孕んだ静寂だった。
葬送の行列が大聖堂を出発する頃、空は僅かに晴れ始めていた。セレナは、王家の菩提寺に向かう馬車の中で、アルファリアの紋章が刻まれた印璽の指輪を見つめていた。
「お父様、必ずや」
彼女は心の中で誓いを立てた。
「この小さな国の、大きな誇りを守り抜いてみせます」
馬車は、夕暮れの街路を静かに進んでいった。沿道には、深い悲しみと同時に、どこか期待を込めた眼差しで新しい女王を見つめる市民たちの姿があった。
セレナは、彼らの視線を一身に受け止めながら、これから始まる激動の日々に向けて、静かに心を整えていった。これは終わりではない。新しい戦いの始まりなのだ。