第七話:覚悟がありますか? であれば話しましょう
エルリア区──祝福の学舎の校舎がある中央部から蒸気機関車で数時間かけて移動した先にある。
辺りがすっかり夜の闇に包まれた頃、一同は最低限の荷物を伴ってエルリア区に到着した。
祝福の学舎のあるトゥバーン区に比べれば多少人の気配が少なくなっているが……それにしたって都会であることに変わりはない。一同は、頬を撫でる優しい風を浴びながら、長い時間座っていたせいで凝り固まった身体を伸ばす。
「んーっ……! しっかし、この歳で蒸気機関車に乗れるとは……贅沢だねぇ!」
「線路やら駅やらで場所取ってるだけありますね。馬車とは比べ物にならないスピードでした」
普段は無愛想なシェルフやシャロンでさえ、台詞自体は淡白だが、表情は興奮の色が隠しきれていない。
「皆さん子供っぽいところもちゃんとあるみたいで安心ですっ☆ まったくもー、ただの生意気クソガキ連中かと思って肝を冷やしましたよー……そういう正の部分の子供っぽさはじゃんじゃん見せてってくださいねー! 私的にメシウマなんで」
「ね、根に持ってる……」
まあ、無理もないくらいシェルフとチサトの態度には問題があったと思うが。統括してクソガキ扱いされているゲルグやシャロンとしては、猛抗議したい気分だった。
「それにしてもコール先生、よく蒸気機関車の……それも中央線のチケットを五枚も取れましたね」
当然ながら、馬車を優に凌ぐスピードを誇る蒸気機関車は王都中の金持ちが多用している。局所的な運用しかされていない路線ならまだしも、王都中央部の主要な区画を繋ぐ中央線ともなると、数ヶ月先まで満席……だなんてことは何も珍しくない。
それをあの僅かな時間で取得するなんて……何かしらのコネを持っていなければ有り得ないと言う他なかった。
「ふふーん、見直しちゃいました? これでも白金等級聖騎士ですから! 日頃から社会に貢献してるとぉ、ちょびーっ……と視線で訴えてあげるだけで『是非、是非お願いしまぁす!』って感じで色々なサービスを受けられちゃうんですよ、あははっ! ……まあ祝福の学舎に勤務してるって答えたら渋い顔をされましたけど」
「……」
何とも笑えないジョークである。ギーゼルがここ数年……下手すれば数十年に渡って築いた(ぶち壊した)負の方向への信頼は果てしないものなのかもしれない。
「そ、それにしても! 白金等級聖騎士って凄いですね! え、ええと……もしかして、チサトさんもそういう権限があったりするの?」
気まずい空気を脱却すべく、ゲルグは気になっていた疑問に繋げてみた。
「あー……私はその、なんていうか……特別でさ」
「へ? ど、どういうこと?」
チサトの等級は金剛金……白金等級の一つ上、魔王全盛の時代ならまだしも、今では国に両手の指の数ほども存在しない超がつく優秀な聖騎士に与えられる等級である。白金等級のコールが社会サービスを安価で優先的に得られる権限を持っているのだ……チサトにも同じ権限があると見るのが普通だろう。
だが、ゲルグの疑問にはシェルフが首を横に振って答えた。
「チサトは特別金剛金聖騎士…………私も意味はよく存じ上げないのですが──とにかく実力は金剛金聖騎士と称されるに申し分ないけど……正式にそうと認められているわけではない。で、合ってますよね? チサト」
「うん、大体そんなところ……それに関しても、実家に着いたら、私の全てを話すよ」
駅構内を出る。チサト曰く──駅を出てすぐの場所にある広場で、旧友と待ち合わせをしているそうだ。
「ようチサト、シャロン。相変わらず気楽そうだな」
合流したのは、黄金色の短髪の少女である。目つきが悪く、ゲルグたちの中で最も小柄なチサトよりも頭半分程背が低い。体格は小柄なものの、その人相や髪型、立ち振る舞いから男性と間違えてしまいそうだ。身に纏っている衣服は焦茶色のローブ。魔法使いなのだろうか?
「二人とも、こいつサクラ。私とシャロンの元同僚」
チサトの友人──サクラというらしいその人は、ゲルグとシェルフを交互に一瞥する。
「あんたらが祝福の学舎の……」
と、その時。突然、シェルフがゲルグの肩を掴み、彼の耳を自分の口元に近づける。
「…………ゲルグ、この人聖騎士です」
「えっ」
それは小声の耳打ちだった。もう遅いが、ゲルグは慌てて口を隠すように手で覆い被せる。とはいえ、あからさまにゲルグにだけ聞こえる声で話したように、密談をサクラにバレないようにするつもりはなく──会話の内容さえ聞かれなければ良いつもりなのだろう。
ゲルグは努めて小声を作り、聞き返した。
「ど、どうしてそう思ったの……?」
「この人、私とゲルグを交互に見るフリをして……ゲルグの方を長く見てました」
「や、それだけ……?」
「ゲルグはみてくれだけ見れば第一印象はもやしです……気になるとこなんてないでしょう。何より私のオーラがゲルグに劣っているなんて認めてたまるものですか」
「なんか論点おかしくない?」
「と、とにかく……初対面で私を上回るゲルグが持つ印象と言えば、ナツ絡みの事件くらいでしょう。別にゲルグと知り合いでもないくせに、あなたの顔を知っているのは騎士団の人間だけのはずです」
「な、なるほど……?」
「あと、立ち方というか……上手く一般人っぽく見せてますけど、私の目は誤魔化せません。どう見ても達人です」
「そっちの方が説得力ある理由じゃない!?」
「あんたら、よく堂々と内緒話してんな」
「ひぃっ!?」
元々目つきの悪いサクラだったが、目の前でコソコソと密談をされてより一層人相が悪くなり(当然)、気の弱いゲルグが悲鳴を上げる。
「ふん、他人のことジロジロ見てるからです」
「あ? 別にお前は眼中にねぇよ」
「へぇ……」
「二人ともステイ!」
いつものようにシェルフが喧嘩を売って、剣幕な雰囲気──それに割って入ったのは、言わずもがなチサトだ。
「サクラ──お前の顔で睨まれたら誰だって警戒するから。んでシェルフ──ゲルちゃんの時も思ったけどあんたはそう初対面の人間に突っかかるのをやめなさい」
「お、お母さん……?」
「むふー」
「なんでシャロンさんが得意げに……?」
どうやらチサトとサクラは長い付き合いのようで……彼女に宥められたサクラは、一応は殺人鬼であるゲルグへの警戒を解いてくれたみたいだった。
ゲルグを信用したわけではないが、ゲルグを連れているチサトは信用しているといった様子だった。このサクラという少女、シャロンのようにチサトと浅からぬ因縁があるようだ。
「さて──お前もわかってるだろうが、エルリア区でシンの監視体制を掻い潜るのは至難の業だ…………制服は?」
「制服?」
ゲルグとシェルフが首を傾げていると、チサト、シャロンが荷物の中から、それぞれ白、黒のローブを引っ張り出す。
「バカかお前、インペリアルメンバーの制服なんて目立つに決まってんだろ」
「それもそっか」
「んなとこだろうと思ってたんだよ……ほらよ──」
言って、サクラは焦茶色の──自分と同じ配色のローブを三着、こちらへ投げ渡した。
「チサト、これは……?」
渡されたローブを広げ、チサトに説明を求めるシェルフ。
ゲルグの方は、それを四方八方から見つめ観察していた。そして見つけたのが……胸に当たる部分に縫い付けられた『シン』と書かれたロゴらしきワッペンだった。
「シン──って、てっきり人の名前だと思ってたんだけど……」
「私とシャロンは、祝福の学舎に来る前憲兵にいたの……。シンっていう、エルリア区全体を統轄してる騎士団にね」
なるほど──先ほどからチサトの口から出ていたシンという名前は、憲兵の一組織のことだったようだ。
ただ……会話の内容から、どうしてもチサトに対して友好的な騎士団には聞こえないのが疑問だが。
そのことをチサトに聞くと──「話が長くなる」と一点張り。汽車の中では、無口なシャロン以上に口を開かず、話しかけ難い雰囲気を作っていた。
(あんまり、聞かれたくない話なのかな……)
とはいえ、本人が実家に到着すれば全てを話すと言っているのだ──ゲルグたちにできることは、彼女が覚悟を決めるのを待つことだけだろう。
曰く──シンという騎士団はチサトとシャロンと敵対関係にあり……こうして、シンの制服に身を包むことで安全にエルリア区内を進み、チサトの実家を目指しているというわけだ。公務員の格好をするというのは中々気が引けるが……選り好みをしていられる状況でもなさそうだ、ゲルグたちは素直に渡された制服に袖を通した。
「そういえば、インペリアルメンバーというのは?」
「私と、あとサクラもね──シンが抱えるトップクラスの天っ才ってコト。そういやサクラ、どしたんその制服。まさか降格ぅ?」
「寝言ほざいてんじゃねぇ、後輩に貸してもらったんだ……てめぇらのためにな!」
「はいはい、ご迷惑をおかけしますよーっと」
軽口を叩きつつ、サクラの案内で、チサトの実家であるという駄菓子屋へ向かう。
道中では何人か、自分と同じ……あるいは多少色が異なるが、同じようなローブを身に纏った人物が見受けられた。
「エルリア区には初めて来ましたが……こんなに閉鎖的な街とは思いませんでした。憲兵がそこら中を巡回してるなんて」
「た、確かに……ちょっと異常、だよね?」
「あんまし気にすんなぁ? みんなシンの構成員だし、近くにシンの本部があるからだよ」
「本部から離れれば……まあここよかマシだ」
「マシ程度ですか……」
サクラのおかげで、それらの巡回のシンの憲兵たちとは鉢合わせせず、安全なルートで目的地に到着できた。ゲルグたちの目の前にぽつんと立っているのは、かなり古めかしい木造の一軒家。とても広いとは言えず……チサトの父親も含め、六人も寝泊まりするには少々狭そうな家だった。
サクラはいつの間にか、碌な挨拶も無しに姿が見えなくなっていた。チサト曰く……一応はシンのインペリアルメンバーだから、あまり自分たちの元で油を売って良い人材ではないそうだ。
そして──何やら難しい顔をし、その場で立ち止まっているシャロンとは対照的に、チサトの方は……実家だからか慣れた手つきで扉を開錠し、勢い良く引き開放した。
「──たっだいまぁとーさん!」
「ええと……お久しぶり、です」
チサトとシャロンを先頭に家の中に上がると……カウンターの向こうに腰かけていた、年齢50代後半程度の男性が来客に気がつき視線を上げた。
「チサト、シャロン。お帰りなさい」
白髪混じりの黒髪、丸縁の眼鏡が特徴的などこか理知的な雰囲気を感じさせる初老の男性である。こう言っては失礼だが、とてもチサトの父親とは思えない。第一印象を言うと、とても優しく穏やかな人物であることが察せられる。
「父さん、こちらゲルちゃん──えと、ゲルグくんとシェルフちゃん。祝福の学舎の同級生。で、そっちの人がコール先生。引率で来てくれたの」
「よ、よろしくお願いします……」
「どうも」
「どもー」
ゲルグが深く、シェルフは小さく一礼。コールはひらひらと手を振っていた。
「そうか、君たちが祝福の学舎の。いつもチサトとシャロンをありがとう。私はリント──チサトの父親だ」
(この人がチサトさんの……)
ゲルグは最初、この男性がチサトの父親だとは思っていなかった。チサトの外見も雰囲気も、目の前の男性とあまり結び付かなかったからだ。
明るく天真爛漫──悪く言えばやかましいチサトと、理知的な雰囲気を覚えるリントが頭の中で上手くつながらない。容姿も、チサトは藤に多い金髪なのに対して、リントは世にも珍しい黒髪だ。同じ黒髪のゲルグが言えた口ではないが──ゲルグの両親は藤に移住しただけの外国人なので、何らおかしい点はない。
しかし……チサトの容貌は、純性な藤人そのもの。リントの要素が、まったくと言って良いほど見受けられないのである。もちろん、黒髪というだけで外国人と断定はできないし、そもそもどちらかが染めているという可能性も考えられるが……いずれにせよ、妙に感じるほどチサトとリントが似てないのは事実だ。
「チサトのお父さん、あんまり似てませんね」
それはシェルフも感じていたようで、ゲルグにだけ聞こえる小声でゲルグと似たような感想を溢していた。
そんなゲルグたちを他所に、先ほどから落ち着かない様子だったシャロンがリントの前に歩み寄った。
「リントさん。文通の通り、一週間ほど宿泊……。これはその駄賃──」
「シャロン──君は無理して喋る必要はない」
金貨の入った小袋を取り出したシャロンへ。チサトの父親──リントがそう、彼女の瞳を見つめた。
「……」
そういえば。この旅行が決まってから、機関車に乗っている間、そしてこのカフェに来るまでの道中──シャロンはどうしてか、いつもは無口なのに饒舌になることが多かった。
「言霊の影響が現れない言葉を考えるのも大変だろう。普段彼らにしているように、コミュニケーションはチサトに任せなさい」
「そうだよ。無口だから無礼だー、なんて。父さんはそんなこと言わないよ。そんくらいわかってるっしょ?」
「……だけ、ど」
何か、言いかけたシャロンをリントが制止する。
「顔が見れただけでも満足だよ。君の言葉はチサトが代弁してくれる。久々の里帰りなんだ……少しは脳を休めなさい」
「そーそっ。焦る必要はないよ。積もる話は後でゆっくりしよ、ね?」
「……わ、わかりました……」
やがてシャロンが納得を示す。優しく頷いたリントとシャロン……それにチサトも加えて。三人の間には、ゲルグやシェルフが計り知れない複雑な関係があるようで……シャロンの言霊魔法に関する質問や、リントとチサトたちの関係について。浮かんだ疑問や話題を口にし、三人の会話を引き裂くのはどうしてもできそうになかった。
「──シャロンさん……」
自分が想っている以上に、言霊の影響を免れる言語を絞り口に出すというのは、彼女の精神をすり減らせる大変な作業みたいだ。
(でも……魔術で口にした言葉を現実にしてしまうって、子供の頃はどうしてたんだろう?)
魔術とは生得術式──生まれた時からその身に宿している異能だ。幼少期、自分なら「お前が口にした言葉は現実になってしまうから喋るな」なんて言われても納得ができるとは思えない。
シャロンが普段から努めて語彙を絞っているのは……過去に誰かを魔術で傷つけてしまったからなのだろうか?
それにしては……久々の帰省に胸を躍らせて饒舌になったりと、リントを前にして礼儀を気にし言葉を連ねたりと。やや不用心なところも見られる。
「うーん……」
だからと言って、本人やチサト、リントにそれを問うのは、どうも忍びなかった。事情を知っているのならシェルフに聞こうかとも思ったのだが……自分よりもシャロンとの付き合いが長い彼女も詳しくは知らない様子だし、シャロンとしては触れて欲しくない話題なのかもしれない。
「シャロンちゃんの魔術、どうやら生得顕現術式じゃないみたいですねー」
「あ、コール先生──生得じゃない、って……?」
「いやですね? 道中汽車の中でチサトちゃんとシャロンちゃんの履歴書に目を通してたんですけど……何やら腹黒い噂の多い憲兵の騎士団に所属していたってことはわかったんですが、どうにも妙なんですよねぇ」
「妙?」
「普通に考えてですよ? まともに喋れない子が憲兵に所属できると思います? しかも当時はギムキョも終えてない中坊なのに」
「た、確かに……」
言われてみれば、魔術に縛られて言葉を話せないシャロンが憲兵に所属できたのは少々妙だ。そのデメリットを補って余りある実力でもあるのかと言われれば、どうやら入団当初の彼女のランクは銅等級だったそうだ。
「ここ数年……いいえ、下手すればついこの間手に入れたばかりの力って感じです。具体的にはギーゼルちゃんがお二人を祝福の学舎に迎えた時期……ええと、二、三ヶ月前ってとこですかね」
「そんなに最近……」
そう言われれば、先ほどからシャロンが不用心なのも、まだ言葉を発さない生活に慣れていないからと説明がつく。
「とにかく、今はお二人が事情を説明してくれるのを待ちましょう。お二人の用事とやらを邪魔しちゃ悪いですし、ゲルグくんとシェルフちゃんは宿題でもやっててくーださい」
「確かに──ゲルグ、とりあえず荷物だけでも部屋に運んでしまいましょう」
「あ、うん……」
三人だけで話をしたいとのことなので、チサトたちは一旦放っておいて──ゲルグたちは用意された部屋で腰を落ち着けることにした。
別に宿屋ではないのだから当然だが……部屋数は多いとは言えず、男女で部屋を分けることに。部屋が三つあるので、チサトとシャロンで一つ。シェルフとコールで一つ。ゲルグとリントで一つ取ることに。
部屋に上がったゲルグは、肩に下げていたバッグを床に下ろし、小さく息を吐いた。
それから、コールから出されていた課題を一通り終え……ふと視線を上げると、時計の針は11を差していた。もうすっかり深夜じゃないか。ゲルグはため息を吐きつつ、押し入れの中から自分の分とリントの分も含めて布団を広げ、就寝の準備をする。
「ん……?」
ふと、課題に夢中になっていて気を巡らせていなかった部屋の内装が、視界に広がった。
「リントさんの部屋……のはずだけど。女の子の部屋みたいだ……」
可愛らしい犬のぬいぐるみだったり、デフォルメされた魚のキャラクターのキーホルダーが飾ってある。両手の指では数えられない大量の小物が、几帳面に並べて飾られていた。
申し訳ないが、あまりセンスのある飾り方には見えない。集められている小物のお洒落度合いと、飾り方にかなりのギャップを感じた。
随分と女々しい趣味を持っているものである。センスはあまり感じられないが、あの無骨な相貌によく似合っていると思うのでそれはそれで良いのだが。
それから──ゲルグは歯を磨きに洗面台へ行くため、部屋を出ようとする。すると、ゲルグが扉の取っ手に手をかけるより早く、部屋の扉が開放された。
「ノア、チサトの動力炉のことで──」
扉の向こうから姿を現したのは、Tシャツに短パンと……とてもお洒落とは言えない格好のシャロンだった。
風呂上がりなのか、体温が高く頬が赤いし、首元にタオルを巻いている。服装もそうだが、声色も──普段の冷静沈着といった雰囲気の彼女のものとは思えないほど柔らかく、ふにゃふにゃとしたものだった。
「あ、あのっ……シャロンさんっ!?」
視線が合う。遅れて、シャロンは状況を把握したようで。
「ッ〜〜〜〜〜〜〜〜!!?」
顔を林檎のように真っ赤にしたシャロンがバタンッ! と乱暴に扉を閉め部屋から出て行き、その場を一旦は静寂が包む。
(ここ……シャロンさんの部屋だったのか……)
独白。そして──
「よし。出よう」
一拍遅れてゲルグも状況を理解。どうやら部屋を間違えてしまったようだ。女性の部屋と言われれば大量のぬいぐるみたちの存在にも納得する……シャロンがこういう可愛らしいものを好む趣味を持っているとは知らなかったが。
「ゲルグさん」
「うわぁ!?」
扉の取っ手に手をかけようとした瞬間、先ほどの部屋着の上に祝福の学舎の制服を羽織ったシャロンが現れた。
まだ若干頬が朱く染まっているが……先ほどのように取り乱してはいない。いつものシャロンだ。
「なぜ」
その二文字。シャロンはじっとこちらを見つめた。
「あ、えっと? どうして僕がこの部屋にいるのか、ってこと?」
シャロンがすんすんと首を上下させることで肯定を示す。
「え、ええと……隣の部屋を見たんだけど、何だかよくわからない備品? かなんかの物がたくさんあって……物置き部屋なのかな──って思って」
「つまり?」
「間違えました。すみません」
言い訳を諦め、素直に謝罪する。どうやらあちらがゲルグが使うべき部屋だったそうだ。
ゲルグの謝罪を聞き入れたシャロンは、どこからともなくデカいスケッチブックを取り出し、そこにペンを走らせる。
しばらくすると、シャロンが紙面をゲルグに見せて突き出した。どうやらチサトがいない時はコミュニケーションにカンペを用いるそうだ。当然ながら会話のテンポは最悪だが、致し方あるまい。
「え、えっと……『隣はリントさんの部屋でもあり、私とチサトがシンの聖騎士として活動していた頃の道具が保管されてます。処分してしまって良いと伝えていたのですが、一人で生活する分のスペースはありますし、保管されていたのだと思います』……なるほど」
愛娘とその相棒の思い出が詰まった品だとすれば、父親のリントからしたらそう簡単に処分してしまうのは忍びないだろう。本人たちが良いと言っていても、リントからすれば遠くに引っ越してしまったチサトとシャロンの面影を感じることができる品だ……一人暮らしで大したスペースも要さないのだから、捨てる理由がない。車椅子生活をしているのならなおさらだろう。
『大変失礼しました。片付けは私も手伝いますので、部屋を移動しましょう』
シャロンがカンペのページをめくって、そこにまた新たな文書を書いて意思表示。
「わ、わかった。ごめん……勝手に部屋を覗いたりして……」
「い、いえ……」
それだけ言ったシャロンは、恥じらいからか、ゲルグから視線を外す──怒っている様子はない。不可抗力とはいえ……自分の部屋に勝手に侵入した男性にする対応にしてはかなり優しいものだった。
言霊魔法の影響で自由に言葉を発することができない弊害で、他人に無口で無愛想な人物であるという印象を与えているのが常である彼女。きっと、素の善性というか、優しさは人一倍のものなのだろう。
「そういえば──気になってたんだけれど」
ほぼ物置き部屋と化していたリントの部屋を片付け終えた頃……ゲルグは、室内だろうと決して外そうとしないシャロンのマフラーについて問うてみた。
「シャロンさんって、部屋の中でもマフラーを外さないよね……。どこか、怪我してるの?」
『約束ですし、わかりました。話しましょう、私とチサトの全てを』
「へ……?」
どうやらそのマフラーは、突然の実家帰りの要因たる『チサトとシャロンの過去』に密接に関係しているようで。鼻から上だけでもわかるくらい真剣な表情で、シャロンはじっとゲルグを見つめていた。
「……」
突然のことだったんで、その圧にしばし気圧されてしまう。もちろん覚悟もしていなかった。準備も出来上がっていない。
だが……聞かねばならない。この小旅行にシェルフと共について行くと決めた時、ゲルグは決心したのだから……必ずチサトとシャロンの力になると。
ゲルグの覚悟を認めたシャロンは、いつもの無愛想な鉄仮面を微かに崩して、微笑みを浮かべた。




