第六話:文句ですか? クレームなら白髪の魔法使いにどうぞ
祝福の学舎は、かつて世界を救った勇者ギーゼルが設営している私立の学校施設。学校……とは言っているが、公的な文書に言わせるとここは孤児院兼騎士団の拠点となっている。
生徒数は10人にも満たず──そもそもギーゼルのようなちゃらんぽらんな人間に教員免許なんかあるわけ無いし、彼女は世界中を放浪しており、生徒たちを放ったらかしにしているのがデフォ。まともに教育機関としての体裁は保たれていない。
こんなのを学校だなんて言ってしまったら、本物の学校に失礼と言うものであろう。何せ、シェルフたちは祝福の学舎に入学してからはや一ヶ月弱……ギーゼル先生にものを教えてもらったという記憶が数えるほどしか無かった。
故に──この屋敷は校舎なんぞではなく、行く当ての無い子供たちが自由に生活し、暇潰し程度に己を高められる外庭がある……というだけなのである。扱いとしては騎士団なので、不定期に王家や協会本部から任務が降りることはあるが。
そんな、学校とは名ばかりの孤児院にこの日……初めて大人がやってきた。
「どもどーもー! コール・クレフォン37歳でーす」
一体どんな人が来るのだろう……と、期待していた自分たちは、多分またしてもあの汚馬鹿ローブにしてやられた──と言ったところだろうか。
「シャロン、引きずり出してください。ここは中学生の社会科見学場じゃあないって」
「ちょっとちょっとー! せっかく来てあげたのにその反応は酷くないですかぁ? 私ってば一応皆さんのセンセイってことになるんですケド」
シェルフが踵を返し校舎内に戻ろうとするのも無理はないのかもしれない……何せ、自分たちの目の前にいるその人は、どう見ても中学生──おおよそ、自分たちに教鞭を執るようなご身分には見えなかったのである。
「あ、あはは……と、とりあえずお話だけでも聞いてあげた方が良いんじゃ……」
言って、ゲルグは頬に汗を垂らしながらその少女へちらと視線をやる。
自分で言っておいてなんだが、何の話を聞くというのだ。目の前にいるのはどう見ても、ギーゼルと同い年かそこらの女児──は言い過ぎにしても、ゲルグたちのような大人の成りかけですらない、歴とした子供ではないか。
(でも……待てよ……?)
どう見ても中学生にしか見えないギーゼルは人間ではない、百万年を生きる大魔法使いだ。人間と同じ容姿で長命種なんて聞いたことがないが……彼女の存在がそれを証明している。有り得ない話ではない。
「てことは……えっと、あなたもギーゼル先生と同じ──」
人間を超越した存在……?
「あ、私は違いますよ? 正真正銘、37歳の美魔女ちゃんです!」
「そ、そうですか……」
「くそっ……ようやく教師が配属されたかと思えば、なんでこんな軽薄そうなロリババアなんですか」
「ちょっ、シェルフさんっ」
「お、クレームですか? 文句なら全部ギーゼルちゃん宛てにお願いしますね?」
改めて……彼女の名はコール・クレフォン。
身長はギーゼルよりも小さく、140前半とかなり小柄だ。体格としては中学生どころか小学生と言われても違和感が無いだろう。
容貌で特徴的なのは紅のメッシュが入った白い長髪だろうか。両側頭部で結ぶ所謂ツインテール。どんぐりのように丸っこくて大きな瞳は小麦色に輝いており、何度でも言うが本当に若々しい。とても四十代近い熟女には見えなかった。
総じて、どう見ても幼女の彼女は、祝福の学舎2年生担任だ。
「2年生?」
「と言うと、今任務で王都を離れている先輩方ですよね。生憎、私たちもお顔を拝見したことはありませんが」
「正確には『彼女』が1年生だった頃、私が魔法や座学を教えてたって感じですかねー。進級が決まった直後くらいに、上の人にとんでもないヤマを押し付けられちゃって。三月くらいから辺境国で活躍中です」
「でも、ゲルちゃんの話なら、その人があと数日で帰って来んだよね?」
「そのとーり。んで、随分とながーい休暇をいただいてバカンスに出かけてた私も、ギーゼルちゃんに呼び戻されちゃったわけです」
まとめると、普段は2年生の担任をしており、その2年生が任務で長く外していたので、彼女も祝福の学舎を離れていた。しかし、今回2年生が王都に──祝福の学舎に復学することとなったので、一足早く戻って来たというわけらしい。
「とゆーことでですねー、2年生が帰って来るまで、私が皆さんの面倒を見ることになりました! わーぱちぱち」
「あ、いたよコール・クレフォン聖騎士。おおっ、白金等級じゃん! すっご……って、私が言っても全部嫌味になるか」
「本当に37歳のようですね……大した実績は見つかりませんが」
「ちょっと皆さーん? さすがに失礼というか、扱いが辛辣じゃないですかー? 大人のお姉さんも泣く時は泣きますよ?」
確かに失礼なことこの上ないが……これがシェルフたちの初対面の不審者に対する接し方のデフォルトなのだろう。そういえば、ゲルグに対しても最初は扱いがそんざいだった。
実際、ゲルグたちは彼女について何も知らない。一応口では教員と説明されたが……公的文書は何も渡されていない。警戒レベルは突如祝福の学舎の敷地内に入ってきた不審者とさして変わらなかった。この扱いも、まあ妥当と言えるだろう。本当に教師ならば申し訳ないが。
と、いうことで……失礼な態度を改めるためにも、しばし彼女について信用のおける情報を検索していたのだ。チサトが見つけてきたのは王都で活動する聖騎士の名簿帳だ。祝福の学舎の図書室に保管されている、信用の置ける文書である。辞書よりも分厚い書類の束だが……名前順に整頓されているので彼女の名を探すのに然程苦労はしなかった。
それによると、彼女はコール・クレフォン白金等級聖騎士37歳。24歳から藤王国王都で憲兵として活動していたが、31歳の頃にギーゼルにスカウトされ、現在は祝福の学舎に2年生の担任教師として常勤しているそうだ。
魔術は通信魔法──遠くの人間と会話することができるという便利な魔法だ。が、当然ながら戦闘に活かせるはずもない。
「にしても、この魔術で白金等級って。これ全然戦闘向きじゃないよね? 普通体術だけでなれるもん?」
「一口に白金等級聖騎士と言っても、味方の補助で著しく貢献していれば白金等級として認められることもありますから。ほら、裏口入学みたいなものです」
「そこー、全部聞こえてますよー……」
「おっと」
一同はシェルフを盾に。彼女の背中に隠れて突き出した。一瞬申し訳ないような気分になったが、これまでの失礼な発言の九割はシェルフのものなので、妥当な扱いな気がした。
「ちょっと、ゲルグまで──あー……ええと、とにかく、祝福の学舎の先生であるということは信じます。公的な文書を用意してないところが汚馬鹿ローブを彷彿とさせて癪に障りますが──今日からよろしくお願いします、コール先生」
「うんうん、わかれば良いんですよ。あでも、心配しなくても……皆さんだけの先生なら近いうち来ますよ。なんと先日、ギーゼルちゃんが祝福の学舎1年生の担任として、とびきりの良物件を確保してくれたんですからぁ」
「え、本当ですか?」
「マジかよサイコーじゃん!」
「わ、私の時と食いつきが……さすがにショックなんですケド」
さすがに可哀想に思えてきたが……ここに来てまだ一週間ぽっちのゲルグとは違い、ずっと自主練しかできず、ようやくまともな教師が配属されることがわかったシェルフたちの興奮に水を差すのも憚られたのでそっとしておくことに。先輩の聖騎士から何かを教えてもらう機会というのは、そう容易く与えられるものではないのだ。できれば、ギーゼルやコールのような軽薄そうな人間は遠慮願いたいところだが。
「と、とにかくですね! もうしばらくしたら転職手続きも済んで皆さんの面倒を見てくれるそうですから! それまでこの可愛いコールちゃんで我慢してくーださい♡」
「自分で言いますかそれ……」
こうしてこの日、祝福の学舎に一人、仲間が増えたのであった。
○●
コールによる授業は、魔法の実技訓練と座学。今までは図書室から参考書を持ち出し勝手に読み進めているだけだったのが……自分たちの倍以上は生きている人間の魔力に対する深い造詣の伝授というのは、思いの外ためになった。
ゲルグは当然のこと、シェルフやシャロン……そして、若くしてコールよりも高いランクの聖騎士であるチサトにとっても、魔力の基本的な操作では勉強になることが多かったようで、一同からは今朝の軽薄そうなコールを見た時の不安そうな表情が消え失せていた。まあ、軽薄そうなのは今も変わらないが……。
「うんうん。ゲルグくんも得意属性の初級魔法くらいなら無詠唱で展開できるようになりましたねー」
「上達早いねぇ。せんせなんだから当たり前だけど、シェルフよりよっぽど教えるの上手だ」
「悪かったですね、私のセンスがなくて」
退屈を感じる暇なんて一瞬たりとも無い一日。あっという間に空は夕焼けに染まり、放課後となっていた。
一同が心地の良い疲労感を覚えながら、夕食をどこで済ませようか教室で話し合っているも、不意にコールが、
「チサトさーん? お手紙届いてますよー?」
と、両腕に大量の紙きれを抱えながらこちらへやって来た。
「それ、全部チサトさん宛の手紙なんですか?」
目算で数十……いや百に届いているであろう紙の山である。全て目を通すだけで残りの一日が終わってしまいそうだ。
「いえいえ。これはほとんどギーゼルちゃん宛のお手紙ですよ。教科書代の未払いとか固定資産税の未払いとか……主にお国からの金銭的な催促がねぇ。神伝合金聖騎士だからって先延ばしにしても許されちゃってるんですよ」
「おっとっと」とバランスを崩して手紙──もとい書類を落っことしそうになるが、足や口やらを駆使して身柄な動きで全て地面に落ちる前にキャッチ。
「こんなにたくさん支払いを先延ばしにしてる契約があるんですか……」
一応、自分たちはギーゼルに無償で養ってもらっている立場なので──無関係とは言えずシェルフが頬に冷や汗を垂らす。
「稀に協会からの任務依頼もありますけどねー。ほらあの人、アレですけど一応世界最高位の魔法使いなわけでして。気ままにのほほんと世界中を流浪させて良い人材じゃあないんですよ」
「た、確かに……」
それで生徒……公的には部下である自分たちが身の丈以上の任務に当たることになるのだ、勘弁して欲しい。それを思えば、まだまだ聖騎士見習いのゲルグやシェルフに代わって、緊急の任務をこなしてくれているチサトとシャロンには頭が上がらない。二人があれだけ消化しても、まだこんなに後回しにしている任務が残っていると思うと……軽くギーゼルへを殴りたい気分になった。
「チサトちゃんとシャロンちゃんだけじゃないですよ。ほら、この『不死者の王の討伐依頼』とか。本当ならギーゼルちゃんが行くはずだったのに、例の私の教え子ちゃんが代わりに長期遠征ですからね。あの人なら一っ飛びでしょうに」
コールの教え子……祝福の学舎2年生も、チサトと同じように若くして高位の聖騎士だそうだ。
だが……如何に優秀な聖騎士が派遣されたとしても、閃光の大賢者ギーゼルならばものの数分で済んでいたのだろうと考えると……数ヶ月もかけて地道にリッチの体力を削っていたその先輩がやや不憫に思えてきた。
「とにかく、これ……チサトさん宛のお手紙です。それじゃ私は職員室に戻りますねー! 私の権限で始末できる書類はどんどん捌いていかないと、ギーゼルちゃんが後で地獄見そうなんで☆」
一度くらい見せてやった方が良いんじゃないかとも思ったが……コールが好きでやってるなら無理に止める必要もないだろう。
「チサト。長くなりそうでしたら、こちらで夕食は探しておきますが……」
「んー、ちょと待ってて」
チサトはコールから受け取った手紙の封を粗雑に破りながら、教室を出てゆく。とはいえ、そこまであからさまに距離を取るつもりはないのか、廊下に出たところでチサトは手元の紙に視線を落とした。
「…………」
「随分長いですね」
三分……いや五分は経っているだろうか。シェルフの言う通り、一枚の手紙を読むには少々長すぎる時間な気はする。
「チサト……」
その時、普段は無感情なシャロンが、どうしてかチサトの方を心配そうな表情で見つめていた。
「シャロンさん? どうしたの?」
「むっ」
シャロンがこちらへ視線を。ギロリ、と……ゲルグを睨んでいるようにも見えた。
「ご、ごめんっ、何でもない……」
自分でも何を申し訳ないと思っているのかわからなかったが、そうと言わずにはいられない迫力であった。ゲルグは身をその場で身を縮こまらせる。
祝福の学舎に来てから約一週間……シェルフとは友達になれたし、チサトは気さくに話しかけてくれる。だが……シャロンの人となりが、未だにどうしてもわからない。シェルフのようにキツい性格なのか、チサトのように心優しい性格なのかさえも掴めないのだ。それは彼女が、他人とのコミュニケーションを一切図ろうとしないことが原因であろう。
(シャロンさんとも仲良くならないと……)
人と付き合うのはお世辞にも得意とは言えないが……これからも同じ屋根の下で勉学に励む間柄──いつまでもこうしておくわけにはいかないだろう。あとでそれとなくシャロンとの付き合い方をチサトに聞いてみるのが良いかもしれない。
「お待たせ」
噂をすれば──チサトが手紙を読み終えて帰って来た。
「誰からだったんです? 私たちに話しても良い相手なら聞かせてもらえますか?」
しかし……いつもは笑顔が絶えない、ムードメーカーとしての印象が強いチサトの顔が、その時は険しい色に彩られていた。
「チサト……?」
「──ごめん、私今から出なきゃいけないんだ」
「出る? どこに?」
「エルリア区。今から行けばギリギリ馬車出してもらえると思う──とまあ、見ての通り急いでるわけで……長くなるし、着いて来るんだったら話すよ。あ、シャロンは強制ね」
「──!」
シャロンは目をぱちりと瞬かせ、そして……みるみるうちに顔を青くさせていった。
「チサト……!」
「シャロン……? どうしたんですか?」
無口で無愛想……どこか神秘的にさえ思える印象だったシャロンからは考えられないほどの狼狽っぷり……ゲルグとシェルフは思わず面食らってしまった。
しかし、驚いている二人を他所に、チサトは慣れた様子でシャロンを宥め、自分よりも背の高いその少女の頭を優しく撫でた。
「だいじょぶだいじょーぶ。私なら平気だよ。汚馬鹿ローブの権限もあるし、シンも迂闊に手は出さないってば」
「だ、だけどっ……!」
「めっ、喋っちゃダメでしょ?」
「ぐっ……」
ふと、素のシャロンの片鱗を見た気がする。
いつも無口で……限られた相槌くらいしか返さない少女の、まともに言葉を話すところを、ゲルグは初めて見たのかもしれない。
「手紙の送り主は父さん……。緊急の用事でね? 実家のあるエルリア区に行かなくちゃならなくなった。二人は……」
「この時間なら……急げば馬車を出してもらえると思うよ。エルリア区はちょっと遠いけど、ギーゼル先生からもらってるお小遣いでギリギリ足りると思う」
「ただ、一般の馬車だと数日は越す長旅になりますね……」
「え、えとー……二人とも?」
聞くまでもなく、早々に小旅行の支度を始める二人に、チサトは困惑する。
「僕なんかが行って役に立つのかわからないけど……チサトさんとシャロンさんが困ってるみたいだったから、力になりたいんだ」
「今更水臭いですよ……祝福の学舎じゃ問題の一つや二つ抱えてるなんてお互い様なんですから」
あっけらかんと答える二人に、珍しくチサトが困惑した様子だった。
「え、ええとぉ……あんまり、首突っ込まない方が良い、面倒事だけど……?」
「面倒事ですか……別人格持ちの殺人鬼を抱えてる時点で今更と言いますか」
「ひ、酷い……」
フッとシェルフの口から笑みが溢れた。
「そういうことです──チサト。そんなに私たちの厚意が受け取れないと言うのなら、貸し一つで」
事情はわからないが……先ほどのシャロンのあの動揺っぷり──あの手紙に、ただならぬことが書いてあったのは間違いない。
であれば、一人の友人として……どうして見捨てることができよう。
「二人とも……でも──」
チサトはまだ迷っているようだった──ゲルグとシェルフの力を借りることを。
「チサト……」
しかし、シャロンがチサトの袖をちょんちょんと突いて、こちらへ視線をやる。ゲルグたちの手を借りるべきだ……と言わんばかりに。
祝福の学舎の生徒たちは皆……ここに来るしか道が無かった者たちだ──昨日、シェルフは砂蟲の胎内でそう言っていたか。
チサトとシャロンの間に、一体どんな秘密があるのかわからないが……、ゲルグは決めたのだ──シェルフが自分を救ってくれたように、この命燃え尽きるまで、他人を助け続ける聖騎士になると。
「チサトさん……お願いします。僕たちは、あなたの助けになりたいんです」
「ゲルちゃん……シェルフ……」
チサトは顎に手を当てて俯く……深い、深い思考の後──
「わかった。二人とも、付き合ってくれる?」
こうして……一同はチサトの実家──エルリア区へ向かうこととなった。
「それじゃみんな、時間もないし早速出発しよ。着替えとか最低限の物だけ持って……」
「話は聞かせてもらいましたー!」
鞄に着替えを入れた袋を詰め込んで、弾丸のように素早く出発しようとしていたチサトの背後に、突如コールが現れた。
「うわぁっ!?」
気配が全くしなかったもんで、さすがのチサトもビビったのか、裏返った声を上げている。
「チサトの背後を取るなんて……」
「お、驚くとこそこなの……?」
「えーとぉ……コール先生? 話は聞かせてもらった、って……」
「どうやら皆さんは一秒でも速くエルリア区に到着したいご様子ですよねー? 可愛い生徒さんたちが困っているというのなら、私が一肌脱がないわけにもいきません!」
「じゃーん!」と買ってもらったばかりの玩具を自慢する子供のような手つきで、コールは五枚の紙切れを懐から取り出した。
「それは……?」
魔法巻物……にしては小さすぎる。指で摘むと面積の三分の一を覆い隠してしまつような、本当に小さな紙切れである。
「ふふーん。皆さん、聞いて喜んじゃってください。なんと今回……可愛い生徒さんたちのためにぃ、私がエルリア区行の汽車を手配しておきましたー!」
『……は?』
「わー、ぱちぱちぱち!」……とサプライズ大成功! みたいなノリで満面の笑みを浮かべているコールを他所に、ゲルグたちは口を開けてほうけることしかできなかった。




