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梅か桜か



 今年の二月は雪が降るほどの寒さだった。

 底冷えし、ほとんど毎日同じジャンパーを着なければ寒さをしのげず、おしゃれの幅も減ったものだった。毎日同じ格好をするというのはアジがしないことだが、この時期に大学に来ているのは私の学部くらいのものだから、まぁ妥協するだろう。


 閑散とした大学をフラヌールしていると、ふと桜のような気を見つける。この時期に白色の花をつけていて、鶯も数羽ほど細く節くれだった枝にとまって囀っていた。桜のように見えるけれども、あれはきっと梅だろう。遠景より絵の一部となって空隙を埋めたるそれにさして白黒はっきりさせたいという念は湧かなかったから、ともかく冬らしい景色をみているつもりになっていた。そもそも桜が越冬しきる前に、暖かくもないのに桜が咲くわけない。桜とはもっと優しく、芽吹きの季節に咲くのだ。新入生を出迎える花吹雪となって散るのが良い。こんな寒々しく、寂莫とした曇天の下に咲いて誰のためだろうか。私のためか?


 だから私はそれを梅だと決めつけて、自信満々に「あれは梅だ」と言ってしまったわけだけれども、ある日に近寄って花の形を確かめてみると五つの花弁の全ての先が割れていた。桜の特徴である。薄桃色の花弁に、紅色の軸、そして先割れ。梅ではないのではないか?


 梅じゃない。桜だ!


 驚くことに、悔しいことに、花をつけて越冬していたのは梅ではなく、春告の桜だったのだ。雪解けではなく積雪を私たちとともにしたものこそ桜であったのだ。なんということか。私は今年の受験生以上にこの桜が愛おしく思えた。孤独、寂莫、無味たる冬枯れがいまや終わるぞと、私のことを鼓舞していたのだ、その花を振るって。それを今の今まで何の気なしに素通りしていたとなると、途端にこの桜に対して私はとても申し訳なくなった。自らの眼とか頭脳とかいうのがこんなにも形式や季語にとらわれるか。そして、誠実さを見失っていたわけか。いまや花と小鳥を振り落とさないように立派に立っている桜はとても気高い人物のようで、私は見上げることすらも鳥肌をたてた。ふんぞり返ることなく、しかし桜は慎ましい美しさの中にある。


冬梅では感化されないが、冬桜は気高い。

花咲く枝の一振りにだって私は敵わない。

ひとひらの散る花弁にだって私は敵わない。


 しかし、困った。桜を梅だと言ってしまった手前、これは桜を打ち倒すか、言った相手を川に落とさなければならなくなってしまったな。


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