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ヘッドフォン


 ××駅から環状の○○線を左回りに降りて△△、そしてそこから◇◇線へ乗り換えて▲▲。約四十分ほどの通学路。

 行きと帰りを合わせて大学の講義一時間ほどになるこの時間を有効に使おうと毎夜眠れぬ夜に自信満々に思うのだが、朝になるとその時の情熱はさっぱり忘れてしまって、ペットの猫を首に巻くようにヘッドフォンを首に引っ提げてしまう。


 歩きの時は良いのだ。だって、歩きながら本を読むというのはきっと集中できないだろうし、歩みの幅も遅々とするだろう。私は二宮金次郎になりそこなった。


 だから、エネルギッシュな曲を聞いて、少しでも朝に元気を得ようとする。私の最近のお気に入りはmaneskinとか二月ごろのアマゾンプライムでみたhazbinhotelの劇中歌とか、もっと昔に戻ってIcarlyとかvictoriousとか幼少期にやっていた洋コメディドラマのオープニングとかを聞いたりする。あんまり文芸部では洋楽は好かれないので軽く曲目を列挙してここはさらっと流そう。


 ・Hell is forever

 ・I wanna be your slave

 ・Make it shine

 ・Take a hint

 ・Leave it all to me


しかしながら、ノリノリになりすぎると今度は駅のホームについた後でも「もうちょっと聞いていたいな」と誘惑に負けだし、渋谷ぐらいまではヘッドフォンを取らずにいてしまう。その状態でも本を開いてみようとするけれども、本当に集中できるわけではない。文字を指でなぞっているだけのような感覚に陥り、頭で咀嚼することを忘れてしまうのだ。まるで丸呑みにしているようで記憶とか知識とかには余りならない。小説以外を読むときは覚えようということが主目的になるから、それもまた結局目的を達成できないことになってしまう。


 このヘッドフォンがまるペットの猫のようなふりをして私に癒しのようなものを届けているようだが、薄々と私はこれが人生を虚無感で埋める原因なのではないかと推測している。そのうえで抗う気持ちが起き上がらないのだ。恐ろしい。嵐とか地震とか、ゾンビとか呪いとか、そういう明確な恐怖の形をしているわけではなく、寧ろ我々に利益をもたらすような顔をしているこれこそが私にはどこか憎みきれない癌細胞のように思える。可愛く、魅力的で、抗いがたいもの。

 Twitterとか、YouTubeとか、Instagramとか、Spotifyとか、諸々のSNSは私たちの脳を情報で満たしてくれる。ただ目で追うだけでまるで自分の頭で考えているような気持ちにさせてくれる。


くだらないものを見たり、簡単そうなものを見ていると「なんだこんなこと私でも思いつく」と傲慢になるが、実際一呼吸おいてじっくり考えてみると、私の想像というのはそんなことを言えないほどに貧弱かつ稚拙である。それでもその傲慢さが出てくるのは、私の経験によるのではなく、そういう見たものをまるで自分の脳から生まれたと錯覚しているからだ。そして、脳内でリフレインする音楽の快感が発想の陳腐さを無理やり高尚なものに高めている。


 ロイコクリディウムに寄生されたカタツムリは目の中に寄生虫がいるために視界が暗くなり、光を求めて高いところに登りだす。そして、鳥に喰われるのだ。彼らは自らの意志で光を求めているのだろうが、実際はそのように誘導されている。私もこのヘッドフォンに寄生され、耳から入る外界の情報を遮断され、スマホの画面に集中するようになっているのかもしれない。まったくこの黒電話のなり損ないが私の人生に虚無感を与える。


心で抗うのは難しいから、いっそ耳を削ごうかな。


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