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ばあさんに告白しようと思ってる

ばあさんに告白しようと思ってる。


見合い結婚で初めてあったとき、白いワンピースが似合う笑顔が可愛い娘だった。


家と家の見栄を重視し、行われた結婚。


結局、きちんとした告白なんてものもなく、これまでなあなあで生きてしまった。


硬い敷布団を背中に感じ、白くてふわふわの布団をどかして道を開ける。


(ふすま)を開けるとあたたかな味噌汁の匂いが漂う。


味噌汁の誘惑を振り切って洗面台に向かおうとするが、なにやらサクサクとネギの切る音、鼻にツンと来て、いつの間にか茶の間にいた。


白い服を来たばあさんが見える。今ではしわくちゃの梅干しで、やはり白が似合いそうだ。



「ばあさん。少し一緒に出かけないか?」


「おや、じいさんが珍しいねぇ。今日は何の日だったかねぇ」


「いや。そうわけではない。ただ、春が来たからだ」



障子の隙間から指す光は暖かに床を照らしていた。



「そうかい。もう春かい」



湯呑を手に取り、喉を潤す。その熱さは寝ている間に冷え切った体を内から温めていった。



「はん。もうボケたんじゃないか」



茶碗を手に取り、キムチを白米に乗せる。やはり良い。



「はいはい。またそういうこと言って」



とコロコロ笑う。そういうところもまた好きだ。


味噌汁には人参が多く入っている。じゃがいもはなしだ。そういう気遣いもうれしい。



「どこに行くつもりですか」



ドキッとした。ばあさんの目がわしを見つめていた。



「少し行くだけだ」



昔は飯をさっさと食っていたが、今では何十分もかけて食べる。その間にばあさんと話ができるのが、なかなかうれしい。きゃきゃきゃと笑う子供の声が遠くから聞こえた気がした。




ばあさんが食器を片した後、出かける準備をした。財布と帽子。あとは、ハンガーにかけてある上着のポケットからきれいに包装された手のひらに収まる小箱を取り出した。


「ばあさん。もう行くぞ」


「はいはい。いま向かいますよ」


玄関へと行くと、ばあさんはもう待っていた。


「もう行きますよ」


「……わかった」


玄関を開けるとオレンジがかった空気が体を包み、やさしい光がわしらを照らした。




「行くぞ」


わしはずんずん進んでいくが、ばあさんも遅れずについてくる。街路樹はぽつぽつと葉が生えているようであったが、まだ枝が目立つ。川沿いに引かれた道路は勾配が小さく、年老いたものにもやさしい。登下校の道にもなっている。


「次の角を右だ」


少し脇にそれると、谷さんのやっている駄菓子屋があるはずだ。まず、ばあさんとデートで駄菓子を食べる。

ばあさんと馴染みある駄菓子を食べる。きっと喜んでもらえるはずだ。


少し急ぐように曲がると、そこには今風の一軒家が建っていた。


「おや、場所を間違えたか」


「谷さんだったら、もう大腸がんで死んじゃいましたよ」


「ああ、そうだったか」


暖かな空気が頭をほわほわさせる。


「そういえばそうだったな」


途端にどっと疲れが出ていた。モンシロチョウが舞っている。とりあえず、一休みしたい。


「そうなら、とりあえず渋山公園に向かうか」


道路沿いに生える雑草が風にゆらゆら揺れている。小鳥がのんきに鳴いている。


「ばあさん。すまないな。歩かせてしまって」


「いいんですよ。そんな心配しなくても。おじいさんらしいわ」


ふふふと笑ってる。


道の脇を流れる川は石とぶつかりきらきら飛び散る。川のせせらぎ。耳が心地よい。




少し行くと公園である。ここの公園は広く、木が無数に植えてある。今日は祝日だったのか子どもたちが遊んでいる。鬼ごっこだろうか。わちゃわちゃと友達同士と駆け回っている。ベンチによいしょと座り、ばあさんは何も言わず隣に座る。


「わしがあれくらいのときは軍人ごっこをしてたもんだ」


「知らなかったけど昔は定番だったらしいですね」


「そうだ。ばあさんはままごとか?」


ばあさんはどこか遠くを見ているようで質問に答えることはなかった。


「ばあさん?」


「じいさん。一緒に行きたいところがあるんだけどいいかい?」


ばあさんから誘われてしまった。


「ああ。わしも予定がぐちゃぐちゃしてたからちょうどいい」


正直、まだ座っていたいがばあさんが大丈夫であるのに、わしが休みたいというのは少し嫌である。ばあさんはやおら立ち、わしは勢いをつけてよいしょと声を出す。


「ついてきて」


ばあさんはそれ以上何も言わず、木々の間を歩っている。ばあさんがせっせと歩いていくところに羨ましさを感じながら、同時に誇らしく思う。木の下にはふかふかの落ち葉が積もっていて歩きにくい。樹間もかなり狭い。そこをばあさんがズンズン進むものだから置いていかれそうになる。だが、ばあさんと離れるのは嫌だ。ばあさんの着ている白い着物の端を見て、なんとかついていく。老体になってから今まで働いていなかった汗腺が働き始め、汗が吹き出す。春の暖かさが心憎い。後ろから誰かに呼ばれた気がしたが振り返っている余裕はない。着物の端を見失ったら、ばあさんがどこにいったかわからなくなる。ばあさんと離れたくない。


「ばあさん」


隣を見るとばあさんがいた。


「なんですか」


いや、ばあさんではない。若い頃のばあさんだ。白いワンピースと青色のブローチがよく合う。


「どこに行くんだ」


「じいさんも一緒に来たいんですか?」


ばあさんの目がわしを見つめていた。


「ああ」


「では、ちゃんと前を向いてください。着きましたよ。ここです」


前を見ると街が一望できた。街のちょうど上から見下ろせた。人がちまちまと動いている姿をみて、何だか異様にきれいだと思った。


横を向くとまたいつものばあさんだ。白い着物に梅干しみたいだ。だが、それが今のわしにもあっている。


「そうだ。ばあさんに渡したいものがあったんだ」


「なんです?」


ポケットに入れていた小箱を取り出す。


「うーん。包装が邪魔だな」


膝の上で包装をきれいに剥がそうとするがなかなかうまくいかない。


「私がやりますよ」


そういうとばあさんはひょいっと箱を奪い、スッと包装を取った。


「ああ。ありがとう」


箱を開けると中には青色の翡翠のブローチが入っていた。


「ばあさんがおしゃれしている姿は見たことがなかったからな」


ばあさんは何も言わずブローチを箱から取り出し、身につける。白い着物には合っていないし、梅干しの顔だとまったくだめだ。だけど、伝えきれないほどの満足感があった。


「うれしいねぇ。うれしいねぇ。こうなって初めてじいさんが贈り物をしてくれるなんてねぇ」


ばあさんがまだ若ければ似合っていただろう。あの白いワンピースと青い翡翠は絶妙にマッチするのだろう。だが、わしは今のばあさんにこのブローチを付けてほしかった。それだけだった。


「じいさんや。疲れたかい?」


「ああ。ここまで遠かった」


「満足したかい?」


「ああ。ここまで長かった」


「それじゃあ、もう十分かい?」


ああ。一緒に連れて行ってくれ。ばあさん好きだ。ばあさんと一緒にいたいんだ。いたかったんだ。

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