三日月教の教徒
「…その天使とやらの血を、主が欲しているのですね」
「ああ。何も殺したりはせん。ただ、その生き血を少し分けてもらいたい。だが、異教徒にそれを求めたところでなかなか聞いてはもらえぬ。攫ってくる他あるまい」
「天使とやらに目星はついているのですか」
「…少し危険な任務になるかもしれんが」
「今更でしょう」
少年は、赤と緑のオッドアイを爛々と光らせる。
「主からもらったこの魔力。主に捧げると決めています」
「良い覚悟じゃ。…ウラリー王国の筆頭公爵家、エステル家。そのお嬢様が天使である、らしい」
「…はは。少しどころかだいぶ危険ですね。僕に任命されるわけだ」
「お前だけが頼みじゃ。頼む」
「お任せあれ」
少年は、老人に笑みを向けた。老人は、やや心配そうな表情だが少年に頷いた。
「なるほどねぇ、三日月教…聞いたことはあるけど、あそこの信徒は邪教徒扱いされて迫害されたらしいな」
「まあ!」
「元々少数民族だし…可哀想だけど、今はなかなか見かけないなぁ」
「そうなのですね、残念です…お話、聞いてみたかったです」
「はは、アンリエットも偏見はないんだな」
少年は、見事にエステル公爵家に潜入出来た。だが、お目当ての少女…アンリエットには、見るからに腕の立つだろう魔導師がついていた。
そして、アンリエットはどうやら三日月教に偏見はないらしい。
今まで迫害され続け、細々と暮らしてきた少数民族の一人である少年はアンリエットに感動してしまった。
危険だ。危険なのはわかっているが、アンリエットを攫うのではなくお話してみたい。
少年は、欲に逆らえずアンリエットの前に姿を現した。
「…おっと」
「きゃっ!」
天井から降りて、姿を現した少年。突然のことに、アンリエットは声を上げる。少年の気配には気付いていたが、格下だと判断して放置していたジェイドはアンリエットを背中に庇う。
「突然の来訪、申し訳ない。アンリエット嬢、僕は貴女の話していた三日月教の教徒、ナハトだ」
「ナハト、様?」
「敬称はいらない。僕は侵入者なのだから。…そして、僕は貴女を攫いに来た悪人だ」
「あら…」
「…で、なんでアンリエットの前にわざわざ出てきた?返答次第では容赦しない」
ジェイドは魔法でアンリエットに結界を張りつつ少年に聞く。少年は素直に答えた。
「我らが主が天使の血を欲している。天使であれば誰でも良かった。…だが、貴女が三日月教を迫害する意思がないのを知り、勝手ながら手荒な真似はやめようかと思った。そして、貴女と話をしてみたいと欲が出てしまった。…どうだろうか、貴女の血を少し分けてはもらえないか。貴女を攫わずとも、生き血を我が魔術で少し分けてもらえればこちらはそれで十分だ。もちろん、すごく勝手なことを言っているのはわかるのだが…」
申し訳なさそうな表情の少年に、少しだけ警戒を解くジェイド。とはいえアンリエットの結界を解く気はさらさらないが…ジェイドは、アンリエットの方を見る。
「どうする?アンリエット」
アンリエットは…少年とジェイドに、微笑んだ。




