天使とは
「それでお父様、魔導師様は今日いらっしゃるのよね?」
「ああ、そうだよ」
「魔導師様ってどんな方?」
日傘のお礼を言った翌朝、アンリエットはジスランに訊ねる。
昨晩は夜も遅かったのですぐに眠るように言われて、魔導師のことを聞けなかったのだ。
「…まあ、なんというか。変な奴だよ」
「変な奴?」
「魔導にしか興味がないんだ。知っていると思うけど、魔導とは魔法や魔術の研究だね」
「それはもちろん知っていますわ!ようは学者先生なのよね?」
「そうだね」
アンリエットは魔法や魔術は使えない。魔法や魔術は、本人の適性が求められる。アンリエットは適性がなかった。それ故に、アンリエットは魔法や魔術に憧れている。
「じゃあきっと、すごい方なのね」
「…まあそうだね。魔導師として最先端の技術を持っているよ。人生の全てを魔導に捧げている奴だから」
「お会いするのが楽しみだわ!」
「…アン、多分アイツは不躾なお願いをしてくると思うけど、許してやってね。お願いは断っていいから」
「…?」
アンリエットはジスランの言葉に首を傾げる。しかし、こくりと頷いた。
「お父様がそう言うのなら。ところで、お父様と魔導師様はどんな仲なの?」
「んー…子供の頃からの付き合いだよ。アイツは伯爵家の次男で、ずっと魔導師になると張り切っていて。私もそんな自由なアイツを気に入って、お小遣いから資金提供したりしてたなぁ…」
「まあ」
「そしたら学生の内からどんどん魔導を極めてね、結局卒業と同時に王家から子爵位を授与され、国家魔導師として採用されて…それでも私とは友達付き合いを続けてくれてるんだ」
「思った倍はすごい方ね!?」
個人の力で子爵位を賜るなど、余程の研究成果を出したのだろう。アンリエットは思わず此処にいない魔導師に拍手を送る。
「そんなアイツに、アンのことを話したら日傘を魔道具にしようって言って研究を始めてくれて。他の研究と並行してあの日傘を作ってくれたんだよ」
「優しい方ね…尊敬するわ」
「いやそれは…ううん…」
「?」
ジスランはアンリエットに言うべきか悩むが、どうせ魔導師と会ったら聞くことだ。口を開いた。
「アンが、魔法にも魔術にも適性がないからなんだ」
「え?」
「普通は魔法か魔術、どちらかには適性がある。しかしアンには両方とも適性がない。そういう存在は、アンが思うより希なんだ」
アンリエットは外に出るのを極力控えていた。そのため教養はもちろん身に付けてあるが、知らないことも多い。
「まあ、そうなの?…それは、ちょっと悲しいわ」
「ああ、落ち込む必要はないんだよ。そういう存在は、魔導師達からは天使と呼ばれているんだ」
「天使?」
「そう。天使には魔法や魔術は決して扱えない。そういう言い伝えさ。そして、天使は魔法や魔術は使えない代わりにその身体には素晴らしい価値がある」
「え?」
きょとんとするアンリエットに、ジスランは言った。
「天使の爪や髪を魔術の触媒にするとね、素晴らしい効果を発揮するんだよ。だから、魔導師達はいつだってそれを求めている」
「あら…私ってすごいの?」
「そうだよ、アン。だから、日傘が完成したのは嬉しいし、アンが使ってくれるのはもっと嬉しいけど。外に出る時は、護衛を必ず連れて行くんだよ」
「はい、お父様」
こくりと頷いたアンリエットに、ジスランは満足そうに頷いた。