八
「それで?どういう事なのか説明は出来るのか?」
両腕を組み、厳めしい表情で言う日垣を前に、ゆすらと彰鷹は今並んで座らされている。
親王としてではなく、侵入者として扱うと言った日垣の顔は険しかったものの、ゆすらの無事な姿を見てほっとしている様子も窺え、ゆすらは只管反省の思いで日垣の言葉を聞く。
「西の対の屋へ行く前に昼間の桜を見に行ったところ、ゆすら姫と出会い、笛と琵琶とで合奏し、妃となって欲しいと願って今に至る」
「っ」
そ、そうだけど!
そうだけど、そんなはっきり言う!?
堂々と言い切った彰鷹にゆすらはぎょっとするも、その精悍な横顔が揺らぐことは無く、日垣が怯んだ様子も無い。
「供の者も付けずにですか」
「ああ」
厳しい問いにも当然と答えた彰鷹にため息を吐いた日垣は、その視線をゆすらへと向けた。
「ゆすらは?」
「はっ、はい。自分の住まう屋敷の桜なのに御簾越しにしか見た事が無いと思い至り、この時間なら誰にも会わずに見られるのでは、と赴きました」
「琵琶を持って、水干姿で、か」
「は・・はい」
「はあ」
大きなため息を吐く日垣を、ゆすらは窺うように上目で見つめた。
「左大臣。俺は妃にゆすら姫を望む。幸い、姫も兄君が許すのなら、と言ってくれている」
「ちょっ、まっ!それは、尚侍として共闘する、って意味だと思ったから!」
いきなり切り出された話に、ゆすらはぎょっとして反論した。
「役職が妃では不満か?」
「役職妃、って何ですかそれ!」
「今の宮中は狐と狸の温床で、姫が住まうことになる後宮も似たようなものだ。殊に俺の妃となれば口さがない者も多くいるだろう。謂れなきことで誹られることもあるやもしれぬ。それでも、決してそなたをひとりにはしないと誓う。だから、俺の妃となって共に闘ってはくれないか?」
彰鷹に真っ直ぐな瞳で見つめられ、ゆすらもまた真っ直ぐ見返した。
「では、改めて問います。貴方様の行く道、目指す先にあるものは何ですか?」
「安寧の世だ。俺は、左大臣はじめ俺に付いて来てくれると言う者達と共に人々が安心して暮らせる世をつくりたい」
嘘偽りの無いその瞳から兄へと視線を移したゆすらは、その表情から兄が相応の覚悟を持って彰鷹の後見となることを決めたのだろうことを読み取った。
恐らくは、この家の浮沈をかけた大きな賭け。
「色々生意気なことを申し上げ、失礼をいたしました。わたくしの忠誠を、第一親王様に捧げます」
日垣が後見となって彰鷹が春宮となるのなら、その妃は日垣の妹であるゆすらがなるのが望ましい。
この家に生まれ育っておきながら、回避しようなどと烏滸がましかったとゆすらが反省と共に彰鷹の前にひれ伏せば、それはもう不機嫌な声がかかった。
「捧げてほしいのは、忠誠ではなく思慕なのだが?」
「思慕」
「そうだ。家臣となれと言っているのではないのだぞ?俺の唯一の妃となってほしいと願う男に対し、その挨拶は無いだろう」
顔をあげたゆすらは、心の底から不満だと言う彰鷹にむくむくと反抗心がわくのを感じる。
「だって、家臣に迎えるかのようなお話ですよね?こんな風に直接ご下命賜るとか」
「命令ではない。望む、と言っているではないか」
「対面で妃に望まれる姫なんて聞いたことないです。もし仮に百歩譲ってあったとしても、お手紙やお歌の遣り取りも何も無しに初めて会った日にいきなり求婚とか、有り得ないです」
ふい、と顔を横向けてから流石に不敬だったかと不安になって横目で見たゆすらは、不機嫌さの欠片も無くなった満面笑みの彰鷹の視線と行き合った。
「なんだ、そういうのがしたいのか。なら、しよう。入内するまでの期間も、その後もずっと」
「その後も、って。そんなに放置するつもりなのですか?」
入内前ならいざ知らず、入内してからも手紙や歌でしか相手をしないつもりなのか、とゆすらが呆れ気味に言えば、彰鷹が不思議そうな顔になる。
「そんな訳ないだろう。だが、毎日会っていても、歌や手紙を送り合ってもいいではないか」
「本当に?釣った魚に餌はやらない、とか」
「しない、絶対に」
「本当だな?」
そこで、黙ってゆすらと彰鷹の遣り取りを聞いていた日垣が、重低音を響かせて会話に加わった。
「兄様?」
「皇子様。妹を泣かせないと誓っていただけますか?」
「誓う」
兄様が、兄様が閻魔大王様のように見える!
「ゆすら。お前は入内などしたくない、と言っていたな。彰鷹様なら、どうだ?」
兄が閻魔大王だったと混乱していたゆすらは、そのひと言に我に返る。
「彰鷹様、なら。嫌じゃないです。後宮は怖いけど」
「ゆすら姫!」
ゆすらの言葉に彰鷹の目が輝き、日垣は重々しく頷いた。
そして、彰鷹に向かいきちんとした礼を取る。
「数々の不敬な真似をお許しください。妹を、どうぞよろしくお願いいたします」
「必ず守る」
臣下としてではなく、兄としてゆすらを託すと言った日垣は、やはり自分を政治の道具とは見ていない、と嬉しく見つめていたゆすらは、そこではたと気づく。
あれ?
これって、私の入内が決定したということ?
呑気に首を傾げるゆすらは、そのまま宴の用意のため退室させられてしまったのだった。
ありがとうございました。




