六
「いい、合奏だったな」
極力ゆすらに触れないよう、その花びらを指にした公達の言葉にゆすらはくすくすと笑う。
「自分で言うのはどうかと」
「そうか?自分が演奏して満足がいく。それもいいじゃないか」
堂々と言い切る公達に、演奏とは他者に褒められ認められてこそ価値がある、と思っていた自分を自覚してゆすらは固まった。
「確かに」
「別に、難しく考えることは無いだろう。そなたの音色は楽しいと歌っていたのだから」
「はい。とても楽しかったです」
身体全体が音色となって空気に溶け込むようだった、と言えば公達の目が益々優しいものになった。
「そなたは素直だな」
何かを含んだような言い方に、ゆすらは淡く微笑む。
「ここは、宮中ではないですから」
「え?」
その言葉に、公達はゆすらが驚くほどに反応した。
「だってそうでしょう?宮中では政敵がたくさんだから、素直など難しいのではないですか?もちろん、想像でしかないですが」
兄の日垣も幼馴染の千尋も、愚痴などこぼす質ではないが、それでも見ていれば宮中での苦労が偲ばれる。
そこからの予測だと言えば、公達は明らかにほっとした様子になった。
「ああ。そっちの方か。確かにそうだな。あそこは、狐と狸ばかりだから生きた心地もしない」
言って、何を思ったか座ったままのゆすらに視線を合わせるよう、公達はその場にしゃがみ込んだ。
その思いがけない行動に、そっちじゃないのってどっち、と思いかけたゆすらは思い切り思考を持って行かれる。
「えっ。なにして」
「水干着た姫が、このくらいのことで慌てるな」
身分低からずと見える公達とは思えない動きにゆすらの方が慌てるも、公達はおかしそうに笑うと当たり前のような仕草でゆすらの前髪を指で掬った。
「あ・・」
いかに水干で剣の稽古に勤しむ姫とはいえ、ゆすらとて深窓育ちに違いはない。
裳着を終えてからは、日垣にさえこんな風に触れられたことのないゆすらは、無意識に警戒するかのように身を固くした。
「すまない!」
そして触れた当人である公達もまた、ゆすらの髪を掬った自分の指を信じられないものを見るかのように見つめ、そして何処か嬉しそうな、それでいて戸惑うような笑みを浮かべる。
「あの?」
どうかしたのか、と警戒したことも忘れてゆすらが問えば、公達は確かめるように自分の手を握って、開く。
「いや。俺も人に触れられるのだな、と思って」
「? それは、触れられるのではないですか?手があるのですから」
意味深長な答え方に、何かあるのかも、と思いつつもゆすらが持論を言葉にすれば、公達が目を見開いた。
「手が、あれば」
「あ。言っておきますけど私は単純なのでそう思うだけで、もちろん色々な考えの方がいるかと」
何処の家の方か知らないけど、複雑な家庭環境なんて珍しくも無いもんね。
世の貴族のなかには親子で争っている家もあるし、この方も誰も信用できないような状況なのかも、と思うゆすらの横で、何故か公達が居住まいを正した。
「それならば、ゆすら姫。俺はこの手で、俺に付いて来るという愚か者達を守れると思うか?」
唐突に何を、と思うもその真剣な瞳に圧され、ゆすらは考えを巡らせる。
「何を仰っているのか、よく分からないですけど。でも、貴方が望む道を胸を張って進まれたらいいのではないでしょうか。守れるかどうかは分からないですが、そうしたらきっと、皆様後悔はなさらないのでは?・・・っていうか、自信、ありますよね?」
気弱な言葉を言っているというのに、その瞳は凛と強く、声には自信が漲っている。
それなのに何を言うのか、とゆすらが頬を引き攣らせれば公達が苦く笑った。
「そう見せることに慣れているだけだ」
「それにしてもご立派です。大丈夫、絶対誰にもそれがはったりだなんてばれません」
「大丈夫そうか?」
「はい。それに、それだけじゃなくて。その威厳は、本物だと思いますから。きっと貴方様はそういう、他者を導く星の下にお生まれなんですよ」
もう、諦めた方がいいです、と冗談めかして言ったゆすらを公達が真っ直ぐに見つめた。
「ゆすら姫」
「はい」
「俺が選び行く道を、そなたに共に歩いて欲しい」
「・・・・・」
強く真剣な瞳に見つめられ、名を呼ばれて思わず素直に返事をしたゆすらは、続くその言葉に絶句した。
言葉だけを聞けば求婚されているのかとも思うが、こんな風に面と向かって求婚された姫の話など聞いたことも無い。
求婚のようだけど、違うかも、ってこと?
「それは、私に貴方様と共闘してほしい、ということですか?」
思い、別口を推測して音にすれば公達が膝を打って笑った。
「共闘か!それはいいな!」
「はあ。それで?私に何をお望みで?やったことないですけど、きっと情報戦には向きませんんよ?」
宮中に尚侍としででも参内して内偵をしろとでも言われるのか、とゆすらは予め苦手宣言をしておく。
「情報は大事だ。何しろあそこにも狐と狸しかいないからな」
「ということは、やっぱり職場は宮中ですか」
「職場とは、また凄い言い方だな」
「だってそうでしょう。と、その前にひとつ確認なんですけど、貴方様は兄様の同士なのですよね?」
それが一番大事だとゆすらが言えば、公達は大きく頷いた。
「ああ」
「ならば問題ありません。そのお話、お受けします。と言っても、兄様に了承を貰わないとですが」
ゆすらの見た所なかなかに見どころのある公達のようなので、兄も目をかけているのだろうから問題は無さそうだ、と思ってから、ふと疑問に思う。
んん?
兄様は左大臣。
左大臣とは、臣下でも上の立場。
その左大臣を兄に持つ私に、密偵を要請する立場のひとって?
「兄君に確認。ああ、もちろんだ。左大臣には俺から、今度は正式に申し込みをさせてもらう」
そしてきちんと姿勢を正して言う公達に、ゆすらは首を傾げた。
「今度は?」
「ああ。一度、打診の段階で辞退されているのに申し訳ないと思うが、ここで会ってしまったのが運の尽きと諦めてくれ。だが約束しよう。俺はそなたを唯一の妃として生涯大切にする」
真摯に言われ、ゆすらは琵琶を落とさぬばかりに驚いた。
「きっ、妃!?じゃ、じゃあ、じゃなかった、では貴方様は」
「ん?ああ、名乗っていなかったか。俺の名は彰鷹だ」
「あ、彰鷹親王!?第一皇子様!?」
「ああ。以後よろしく頼む」
思っていたのとまったく違う方向に纏まる話に焦りまくるゆすらを余所に、彰鷹は爽やかな笑みでそう言った。
ありがとうございました。