二十八
「薄紅の君。貴女はそんな顔をしていたのか」
御簾も几帳も無しに会うのは初めてだ、と鷹継が楽しそうに笑う。
「俺が居るから特別に許したんだ。妙な気は起こすなよ?」
「悋気ですか、兄上」
「悪いか」
ほんと、仲がいい。
軽妙な遣り取りを繰り広げる彰鷹と鷹継を見つめ、ゆすらは嬉しく微笑んだ。
「また、こうしてお会いしましょうね」
「必ず訪れる」
先頃、内大臣とその子息である右大将が失脚し、隠岐へと流された。
罪状は、春宮暗殺未遂。
それに伴い密偵の役割を果たしていた女房達も連座となったが、中宮と鷹継は直接関わっていなかったことからその身分を確保され、鷹継は継宮の名を賜って住まいを改め、兄彰鷹の側近として勤めることとなった。
「おいおい、ゆすら。お前は俺の妃だということを忘れるなよ」
「忘れていませんよ。でも、折角仲良くなれたのだから、時折はお会いしたいです」
「仲良く?」
ぴくりと反応する彰鷹にゆすらは屈託無く笑った。
「はい。冗談を言い合えるほどに仲良くなりました」
「・・・因みに?」
「中宮様と私の仲を取り持つために、私を妃とすることを諦めないと方便を使った、と冗談めかして仰って」
「冗談」
その言葉に、今度は鷹継がぴくりと眉を動かす。
「冗談でしょう?だって、鷹継様は私の可愛い義弟なんですもの。あ、でもあの時は驚きましたけどね」
よく考えてみれば私は彰鷹様の妃で、鷹継様は彰鷹様の弟君なのですから、と真顔で言うゆすらを彰鷹も鷹継もため息と共に見つめる。
「はあ。ほんとに鈍い」
「俺は今回、それに救われたな」
「兄上は甘いですね。今回の私や母への処遇についてもですが」
本来なら自分と母も連座の対象だった、と言う鷹継に彰鷹は真顔になった。
「中宮は、強力な後ろ盾を失うんだ。それが一番の罰になるだろう」
これまで政の中核を担う一族の出として、贅沢に暮らして来た中宮にとって、これから迎える変化は耐えがたいものがあるだろう、と言う彰鷹を鷹継が軽く睨む。
「何を言うのです。私が継宮となれば一応の体面を整えることは出来ますし、何より父がいるのです。母は、祖父と伯父のことを悲しんではいても、今後の自分については何の心配もしていませんよ」
それが狙いなのでしょう?と言う鷹継に、彰鷹は笑顔で答える。
「まあ、いいじゃないか。中宮に殺意が無かったのも事実なのだから。まあ、ゆすらにした事は許し難いが」
「それは、きちんと謝ってくださって。これからは、お歌のお稽古もつけてくださる、って」
苦い顔になった彰鷹に、ゆすらは慌てて声を掛けた。
「今までいじめられていた相手に。お前、それでいいのか?甘すぎだろう」
呆れたように言う彰鷹に、鷹継は、ぽん、と膝を叩く。
「つまり、兄上と薄紅の君は同類」
「俺はこいつほど甘くない!それにさっきからなんだ、その薄紅の君というのは」
「鷹継様は、私をそう呼ばれるのです。恐らくは山桜桃の花色からかと。鷹継様が付けてくださったんですよ」
面白くない思い満載で言った彰鷹は、妙に嬉しそうなゆすらに説明され絶句した。
「もしかして、気に入っているのか?」
「はい!そんな風に扱ってもらったことも初めてで、嬉しかったです」
固まる彰鷹の耳を弟と自分の妃の会話が通り抜ける。
「初めて・・嬉しかった・・そうか・・歌や文の遣り取りがしたいと言っていたから・・」
「彰鷹様?」
どうかしたのか、と首を傾げるゆすらを余所に、鷹継はそっと彰鷹の耳に顔を寄せた。
「薬師少将は、薄紅の君を心の妻と思い定めているようですよ」
「っ」
とどめのように言われ、彰鷹は撃沈しかけるも、思い直したように顔をあげた。
「俺とて負けはしない。ゆすら、待っていろ」
「何をですか?」
「・・・・!!い、色々だ、色々!」
「はあ。色々・・・あ!また珍しい物を食べさせてくれるとか!?」
ぱあっ、と満面の笑みを浮かべたゆすらを見、鷹継は堪えきれないように笑い伏し、彰鷹はまあそこから責めるのもありか、とひとり頷いた。
完
ありがとうございました。




