二十一
『共に、兄上を助ける存在となりたい、ということです』
きっぱりと言われた言葉を反芻し、ゆすらは首を傾げつつひとりになった部屋で贈られた紙細工の山桜桃を見つめる。
「鷹継様は第二皇子様で、母君は中宮様で内大臣家のご出身。そしてその中宮様と内大臣様は彰鷹様の転覆を狙う筆頭の方々」
自分への嫌がらせも大半はこのふたりの指示によるもの、と確信しているゆすらは不思議な思いで美しい紙細工にそっと触れた。
「それなのに、彼等の旗頭である鷹継様は彰鷹様を支える存在になりたいと仰った」
これも罠かと思うものの、あの時の鷹継の目にも声にも嘘は無かった、とゆすらは益々首を傾げる。
「そんなに傾いだら倒れるぞ」
その時愉快そうな声がすると同時に肩に触れた手が、そっとゆすらの体勢を整えた。
「彰鷹様」
「庭側は物凄い警備仕様の御簾があるからな。今日は内廊下の方から来た。ああ、先触れは出したのだが、途中で追いついてしまってな。一緒に来た」
それでも先触れは無いのですね、と言おうとしたゆすらを先んずるように揚々と言った彰鷹に、ゆすらは呆れた目を向ける。
「それ、先触れの意味は?」
「まあ、いいじゃないか。それより今日はな・・・ん?それは?」
飄々と言った彰鷹は、女房がすかさず用意した円座に座ると手にした包を開こうとした手を止め、ゆすらの前に置かれたそれを凝視した。
「ああ、こちらは第二皇子様がくださったものです。見事な紙細工ですよね」
本当に綺麗だと思います、と呟いた自分を何故か彰鷹が複雑な目で見つめているのに気づき、ゆすらはその眉間によった皺に手を伸ばす。
「やられた」
「あ、すみません勝手に」
眉間に触れようとしたことを咎められたのか、とゆすらが手を引けば彰鷹がその手を取った。
「違う、そっちじゃない」
そしてゆすらの手を自分の頬に触れさせてから、彰鷹は持参した細長い包を開く。
「わああ・・なんて綺麗な」
そこにあったのは、薄紅の花や蕾、赤い実を付けた小枝を幾つも携えた一本の大きな枝。
種は、当然のように山桜桃。
「例の珊瑚や他の玉や貝を使って作らせたんだが。遅れを取ったな」
まさか同じような事を考えるとは、とため息を吐きながら鷹継からゆすらに贈られた紙細工の山桜桃を見る彰鷹は、苦笑してはいるものの嫌悪の様相は無い。
「凄い。お花も実も本物みたい」
「実際の山桜桃は花と実を一緒に見る事は叶わぬからな。細工物の一興と思い作らせてみたのだが、どうだ?」
「綺麗です、凄く。幻想的で。それに、美味しそう」
ゆすらの言葉に、彰鷹が噴き出した。
「流石ゆすらだ」
「む。なんですか、もう。ひとを食い気の化身みたいに」
「なんだ、違うのか?」
「なっ」
「冗談だ。これを生けられる壺も用意している・・・と、来たな」
彰鷹の言葉が終わらぬうち廊下が賑やかになって、やがて春宮よりの贈り物だと女房が嬉しそうに運んで来た。
「わああ。色も形も大きさも。凄いですね、この細工物のためにある壺みたい」
手ずから壺に山桜桃の枝を生けたゆすらは、その見事な調和にため息を吐いた。
「気に入ったようで、何よりだ」
「はい、ありがとうございます。大切に飾りますね」
「鷹継のと並べて飾ってもいいぞ」
彰鷹から贈られた山桜桃を前に、鷹継からの物は飾らない方がいいのか、と迷うゆすらの心を読んだように、彰鷹が冗談めかして笑う。
「それぞれ、似合う場所を探して飾ります。ありがとうございます、彰鷹様」
彰鷹の度量の広さに、ゆすらはほっこりとした笑みを浮かべた。
ありがとうございました。




