十九
「あの。彰鷹様も猫を飼っていたりします?」
その夜、いつものようにふたり褥に座った状態で、ゆすらは会話の糸口を求めるようにそう口にした。
「猫?いや、俺は飼っていないが。飼いたいのか?」
「いえ、私が飼いたいということではないのですが、他の方が飼っていたりするのかな、と思いまして」
今日庭に現れた公達は、白い猫を探していると言っていた。
小笹は庭に入り込むための嘘偽りと断言していたが、あの公達にどこか憎めない印象を持ったゆすらは、事実として白い猫は何処かで飼われているのではないかと思っている。
「そうだな。まあ、父上の妃の誰かが飼っている可能性はあるだろうな。詳しいことは知らないが」
そう言った彰鷹が、何故か申し訳なさそうに眉を下げた。
「すまないな。母がこちらに住まわっていれば、情報も入手しやすいだろうし、そなたにもこれほど嫌がらせなどさせなかっただろうに」
頭まで下げられ、ゆすらは慌ててその肩に手を当てた。
「そんな!そんな風に思ったことないですから、顔をあげてください!ごめんなさい、気を遣わせて」
今後宮に住んでいるのは春宮妃であるゆすらを除けば、第二皇子の母である中宮はじめ彰鷹の父である帝の妃達ばかりで、そのなかに彰鷹の母は居ない。
確かに、宮家の血を引く彰鷹の母が後宮にいれば勢力図はもっと違ったものとなっていただろう。
しかし彰鷹の母は特別に独立した御殿を賜っており、彰鷹の下へ来るにあたって祝いの品と文は貰ったもののゆすらも未だ会ったことが無い。
「彰鷹様の母君にはいつかご挨拶したい、って思っていますけど、猫って言ったのはその、迷い猫を探しているって公達がこちらの庭に来たからなのです」
「公達が?」
「そう。ものっすごく綺羅綺羅しいお衣装を優雅に着こなして、香も素晴らしいものをお使いでした。彰鷹様は、そのような方にお心当たりありますか?」
あの時の公達を思い出しつつゆすらが問えば、彰鷹が難しい顔になった。
「そういった特徴の者に心当たりはある。だがその前に。ゆすら、そなた直接その者と対峙した、などと言わぬよな?」
きろりと睨まれ、ゆすらは慌てて首を横に振った。
「さ、流石にそんなことはしません!」
「それにしては、己が目で見たかのような話しぶりだったが?」
あ・・彰鷹様の背後に、吹き荒れる風と真っ黒な雲、そして凄まじい雨が見える!
つまりは、凄い野分!
返答次第では、そこに雷も足されそうだと思いつつ、ゆすらはこくりと息を飲んだ。
「ち、誓って直接はお会いしていません!お話しだって、小笹が相手をしました!本当です!私は、几帳の蔭から見ていただけで・・・!」
焦り言うなかで、ゆすらは半身を晒してしまったことを思い出すも、それくらいは誤差の範囲だと口を噤む。
「はあ。まあ、あいつならそなたに危害を加えることもないだろうが。あんな事件のあった後なのだから、もっと用心深くなっているかと思いきや。しかし、怯えているよりは安心なのか?いやだが危険を避けるどころか突っ込んで行きそうなのが怖いところだな」
堂々と几帳の蔭から覗いていた宣言をしたゆすらを前に、彰鷹はぶつぶつと言い募る。
「聞こえてますよ、もう。すみませんね、神経太くて」
「はは。そんなことをしても、可愛いだけだ」
つん、と横を向いたゆすらの頬をつついて彰鷹が笑った。
「なっ」
「そなたが『几帳の蔭から覗き見た公達』は、鷹継だな」
そしてあっさりと言われた名に、ゆすらは驚き目を瞠った。
「たっ・・ええ!第二皇子様ってことですか!?」
「ああ。それほどの洒落者、あいつしかいないだろう」
くつくつと笑う彰鷹に、ゆすらは思わず膝を進めてしまう。
「それってどういうことなんでしょう?こう言ってはなんですが、中宮様からは、それはもうと言いたくなるくらい、ことごとに熱烈大歓迎を受けているんですよ?その掌中の珠である第二皇子様がわざわざこちらにいらっしゃるなんて・・・やはり、私の不貞疑惑を広めるためでしょうか。ですがそうなると、第二皇子様のご評判だって落ちてしまいますよね」
ふむ、と考え込むゆすらに彰鷹は苦い笑みを零した。
「不貞疑惑か。確かに中宮が狙いそうなことだが、そなたも言ったようにその駒として鷹継を使うことは無いだろう」
「ですよね。だったら何故・・・。やはり本当に猫を探して、なのでしょうか」
こてん、と首を傾げたゆすらの長く美しい髪が揺れ、その動きに誘われるように彰鷹はそっとその髪を手に掬い取った。
「猫は十中八九口実だろう。ここへ来たのは。そうだな。奴もそなたに興味があるだろうからな」
だとしても渡しはしないが、と自信ありげに笑う彰鷹だが、その髪をずっと手遊びされているゆすらはそれどころではない。
ちょっ・・。
彰鷹様は、それこそ猫を扱うような気持ちなんでしょうけど・・・!
髪に神経がなくてよかった、と思いつつ、それに続く頭皮や首は、ばっちり彰鷹の手の動きを感じるため、彰鷹の手が触れる度、ゆすらは慣れない刺激にびくついてしまいそうになる。
「あいつは確かに中宮唯一の子だが、決して中宮や外祖父である内大臣の言いなりになるような男ではない。それこそ猫のように気まぐれに動くような奴だ。まあ、適当に相手してやってくれ」
「た、確かに、腹黒いことを考える方には見えませんでした」
思い出しつつゆすらば言えば、くい、とゆすらの髪を引き、その髪を己が指に絡め、と楽し気にしていた彰鷹が、ふとその手を止めた。
「彰鷹様?」
漸く解放された、と肩の力を抜いて彰鷹を見たゆすらは、不安の浮かぶ目を不思議な思いで見つめる。
「異母弟とはいえ、俺とあいつでは似たところが無い。ゆすら、もしやあいつの方が好みか?」
「本気で言っているなら殴りますよ?」
何事かと思えば、と即答したゆすらを嬉し気に見つめ、彰鷹はその細い肩を引き寄せた。
「ありがとう。俺にもそなただけだ」
そしてゆすらが何を言う間もなく、彰鷹はゆるく抱き締めたゆすらの額に唇を落とした。
ありがとうございました。




