十五
「彰鷹様。それほどに笑わずともよろしいのではないでしょうか」
目の前で笑い続ける彰鷹に、ゆすらは涙の痕の残る頬ながら憮然とした表情で言った。
話は、その少し前に遡る。
執務も一段落し、ゆすらの顔でも見に行こうかと思っていた彰鷹は、そのゆすらが策略に嵌り雨の降るなか外で立ち往生している、との報告を受け急ぎ外通路へと走った。
しかしゆすらの姿はそこには無く、麗景殿側の扉が風に吹かれ揺れているのを不思議に思いつつも心急くままにゆすらの下へと赴いた彰鷹は、その居室で座るゆすらを見、安堵のため息を吐いた。
『よかった。こちらに居たのか』
雨のなか立ち往生させられるなど、そのような辛い事態の報告は誤りだったかと安堵した彰鷹はしかし、ぼろぼろと泣き出したゆすらにぎょっとした。
『彰鷹様』
『ゆすら!?どこか痛むのか!?ん?どこが痛い?』
慌てて傍により、そっとその肩や背を撫で顔色を見ても、ゆすらはただ泣くばかり。
『すみませ・・彰鷹様の顔見たら・・安心・・して』
『安心?ということは、外通路に閉じ込められたというのは本当のことなのか?』
問いかけにこくりと頷いたゆすらの焦燥とした姿に堪らない辛さを覚え、彰鷹はその身体をそっと引き寄せた。
『ああ・・ゆすら・・大丈夫だ。もう、何も心配いらない』
安心させるよう大きく腕のなかに包み込み、細く頼り無い肩をそっと撫でれば、ゆすらがその顔をあげて彰鷹を見た。
『私・・小笹・・熱があるのに気づかなくて・・それに・・貰った短刀をあんな・・・』
『短刀?』
『彰鷹様に貰った短刀・・大事にしようと思ってた・・・のに』
言いながらも零れ続ける涙が切なくて、彰鷹は優しくゆすらの頬を拭う。
『何があったのか、俺に教えてくれ。ゆっくりでいいから』
そして、ゆすらを膝に抱き上げ優しく揺すりながら聞いた彰鷹に、ゆすらはこくりと頷き話し出した。
麗景殿に居るゆすらの下へ来た彰鷹からの使いが、梨壺へ来るようにと伝えたこと。
それを受け、いつものように小笹を供に出掛けた所、内廊下は使えないゆえ外通路を使うように言われ案内されたこと。
けれど、外通路の門は両側共に閂をかけられ、通路から出られなくなったうえ、小笹は発熱しており更には小糠雨まで降りだしてしまい、進退窮まったこと。
話すうち、彰鷹の視線はどんどん厳しくなり、握り締めた手はふるふると震え始めた。
『ゆすら。そなたを閉めだすとは』
その声は低く暗く、ゆすらさえ怯えるほど、だったのだが。
『それで、この短刀で扉を壊したんだけど、そのせいで酷い刃こぼれを』
そう言ってゆすらが大切に布でくるんだ短刀を差し出したところで、彰鷹は目を見開いてふるふると震え出した。
『彰鷹様?』
その震えが、先ほどまでとはまた違う、と感じたゆすらが彰鷹の名を呼べば、あろうことか彰鷹は盛大に笑い声をあげた。
『扉を短刀で打ち破るとは!流石だな、ゆすら!』
「もう。いつまで笑っているんですか。笑い止まないなら、もうお帰りくださいっ!」
ふんっ、とゆすらが横を向いても彰鷹の笑いが収まる様子は無い。
「無理を言うな。これが笑わずにいられるか。閉め出された状況を嘆くだけでなく、短刀で自ら扉を打ち破るとは。それは、彼奴等さぞかし今頃悔しがっていることだろう。そなたは前にも珊瑚玉を見事に避けたうえ、人目につくことなく拾ってしまってもいるのだからな」
「たまたまです」
「まあ、二度目までは偶然ともいうからな」
「三度目なんて、ごめん被ります」
「ああ、すまない。怖い思いをしたのに笑うなど・・しかし・・くっ」
心底嫌そうに、もう二度とこんな目に遭うのはごめんだと言うゆすらを、彰鷹はそっと抱き寄せようとするも笑い止むことが出来ず。
「彰鷹様の莫迦っ!」
彰鷹は、鞘に戻された小刀を勢いよく投げつけられる、という結末を迎えたのだった。
ありがとうございました。




