十
物凄く美々しい行列だった・・・。
後宮で与えられた自分の居室に落ち着いたゆすらは、漸くひと心地ついて脇息にくったりと凭れかかり、そうひとりごちた。
左大臣家一の姫の入内。
それは、ゆすらの想像を絶する華麗さだった。
日頃、華美とは程遠い堅実な生活を送っている日垣が、一世一代とばかり贅を尽くして行列をしつらえた。
「御車20台はあった。で、怖いのは。あれで、簡素って言われたことよね」
その行列を見た人々から上がったのは、見せびらかすかの如くに豪奢を極めると思われたゆすらの入内が、思いがけず簡素であったとの声。
それがまた素晴らしいと、日垣は評判を集めたのだけれど。
「20台でも充分過ぎる気がするけど、見た目が派手じゃなかったからなのかな。全部、私のためにわざわざ誂えてくれた逸品揃いなんだけど」
今回の入内のために日垣が用意した道具を見た時、ゆすらは改めて日垣のゆすらに対する愛情を感じた。
後宮という特殊な場所で、春宮妃という立場に置かれるゆすらは、当然のように人々に注目され、事ごとに噂の対象とされるだろう。
そんな、女性同士が激しく火花を散らす後宮で、後ろ盾の強い姫であることは何よりの防御となる。
それを十二分に理解している日垣は、今回の入内の行列において、ゆすらには左大臣家という大家が付いているのだという、その権勢を他勢力へ存分に示した。
もちろん、左大臣家としての威光を示すという意味合いもあったのだろうと思いつつ、それでも自分好みの道具たちを見るにつけ、ゆすらは日垣への感謝の思いでいっぱいになる。
「兄様。私、頑張るから」
物語では、後ろ盾が弱いがため肩身の狭い思いをしている妃の話もあったが、日垣のお蔭でむしろゆすらは優勢に立つことが出来た。
この先は、自分が足元を掬われないよう努力する番だ、とゆすらは決意を新たにする。
「それにしても、幾らかかったんだろう」
お付き女房ひとりひとりに対する支度もかなりの額だったろうと思えば、ゆすらは遠い目になってしまう。
「まあ、こういうのが気になるところが姫らしくないんだろうけど。でも、可笑しなことを、なんて言われなくてよかったな」
先ほどの女房、小笹との会話を思い出し、ゆすらはくすりと微笑んだ。
『今回のご費用ですか?それはもう、わたくしどもなど想像もつかないものでございましたでしょう』
そう、世間を知らない自分達などに今回の費用が分かる筈も無い、と言い切った小笹は日垣の乳母の娘で、左大臣邸では主に日垣の世話をしていたことから、ゆすらは今回自分に付いて来ることに不満があるのではと考え、心配の余り入内前にこっそり小笹自身に聞いてしまった。
その時小笹は、そのような心配は皆無だと一蹴し、ゆすらが慮った日垣へ対する想いも完全否定したうえ、むしろゆすらの女房として後宮で活躍したいのだと熱く語ってくれた。
「小笹ってば、どうやって活躍するつもりなんだろ」
殿方みたいに出世するつもりなのかな、と微笑ましく思ったところで、ゆすらはもうひとつ言われたことを思い出す。
『大丈夫ですわ、姫様。この先姫様が中宮にお立ち遊ばれ、皇子様ご誕生ともなれば左大臣家の栄華となります。ご恩返しも叶うというものです』
ゆすらが、これほどの恩をどう返せば、と言った際に返されたその言葉が、ゆすらの胸を強く打つ。
「確かにそうよね。私が皇子を産めば、その子は次の春宮になるかもしれなくて、そうなれば兄様だって理想の政が出来る・・・なーんて、未だ生まれるかも分からない次代の皇子様のことなんて考えてもしょうがないか」
しょうがない、しょうがない、と繰り返して、ふとゆすらは考えた。
次代の皇子を自分が産むとして、その父は当然彰鷹となるわけで、ということはつまり・・・。
「ま、まあ今日は会えない、って言ってたから、実質の妃となるのは明日以降だろうし、って!私ってば何の話を!」
誰に聞かれた訳でもないのにひとり焦りまくり、ゆすらは熱くなってしまった頬を片手で扇ぐ。
「ええと。こういう時は、まず深呼吸。吸ってぇ、吐いてぇ・・あれ・吐いてから吸った方が良かったんだっけ?」
そんな、余計なことを考えているうち、ゆすらは自然と落ち着きを取り戻した。
「それにしても、後宮にも狐と狸がたくさん、って本当だったわね」
左大臣家にしては簡素といっても、それぞれ衣装を凝らした多くの女房を伴い、美々しいお道具を連ねての入内であり、春宮が迎える最初の妃であるゆすらが注目の的にならない筈も無く、当然のように多くの人の目を集めたのだけれど。
「人間関係。本当に大変そう」
今日、少しの間だけでその片鱗をしっかりと見たゆすらは、思わず遠い目をしてしまう。
「隙あらば、って感じなのかと思ってたら、隙が無いなら作ってでも、って感じだったわね」
はあ、とため息を吐き、ゆすらは五つの玉を手のひらに乗せた。
それらは、ゆすらが自分に与えられた麗景殿へと向かう途中、何故か次々と廊下へと転がり出て来た。
すべてゆすらの足元目掛けて転がって来たからよかったものの、他の女房だったら避けることが出来なくて転んでしまったのではないか、と危惧したゆすらが麗景殿へ到着後小笹に言えば、彼女は目を吊り上げて怒りを露わにしていた。
『私の姫様に何てことを』
そんな風に怒る小笹が嬉しくて、悪意ある行動などどうでもよくなってしまったゆすらだが、思い出せば面白い筈も無い。
「ひそひそ笑って、ちらちら見て、っていうのも感じ悪かったけど、こうやって物理に物いうこともあるのかあ。それにしても立派な玉。何かの飾りか何かかな?あ、もしかして後で拾うつもりだったとか!?」
自分に続く女房が踏んでは危ないと、歩きながらひょいと玉を拾ってしまったゆすらだけれど、それこそ相手はそんなことをするなんて予想だにしていなかっただろう、とゆすらは青くなった。
「でも、返すっていってもどうしたらいいのか。『悪意もって転がした玉、すべてこちらでお預かりしています。心当たりの方は』って言うわけにもいかないわよねえ。まあ、明日になれば皇子様にお会いできるそうだし、その時にでも相談すればいいか」
「姫様!いえ、女御様・・は未だだし、春宮妃様・・・も今は・・ならばお妃様!?ああ、何てお呼びすれば!」
呑気に玉を手のひらで転がしていたゆすらの下に、小笹が飛び込む勢いで駆けて来た。
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