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2話 一時の休息

◇◇◇



「おい、ネズミ(にぃ)。これ、ババアがアンタにってさ。饅頭だ」

「サンキューな、ノイン。頂きます…………かっらっっっ!!!!」

「わはは! やっと引っ掛かったな! ざまぁみろ!」


 くそっ、やられた……!

 「ババア」などと呼びながらも祖母を大事に思っている彼が、その祖母を悪戯の理由にはしないはずと考えてしまった。甘かった……!


「このクソガキが……!」

「へへーんだ! 悔しかったら捕まえてみやがれ! ネズミ兄!」

「上等だ、コラ。5年の研鑽を舐めるんじゃねぇぞ……!」


 言葉と同時に駆け出し、10歳の茶髪クソガキ「ノイン」を追う。

 ちなみに。激辛饅頭はクリスにあげた。食べ物を粗末にするのは駄目だからね。

 食事不要の彼女の味覚はほぼゼロに近しいが、辛味だけは痛覚で感じる故に味わうことが出来る。本人も痛みを喜ぶ性質(たち)なので、彼女の食事は激辛一択なのだ。

 

 ここは北の国「レウワルツ」の東端。辺境の寒村。

 海峡を越えた先に広がる、異種族たちの支配領域を目指す旅の途中にて。

 「ラット」と偽名を変更した俺とクリスは、この小さな村で一時の休息を得ていた。

 ……以前の「レイジ」は勇者陣営にバレたし、「0時」=「子の刻」=「ネズミ」=「ラット」という安直な偽名に変更している。

 容姿も髪を紫から白に、瞳を赤から紫に変更した。師匠とウアのカラーリングを逆にしただけである。2Pカラーかな?

 「クリス」は誰にも接触していないし、変装は継続で問題ないだろう。



◇◇◇



「俺は「転生者」だからさ、魔法が使えねぇんだ。ついでに、こんな辺境の村じゃあ高度な魔術の勉強なんて出来ねぇしよ」

「……ちなみに、国や時代は分かるか?」


 クソガキを捕まえ、報復やら説教やらの一悶着が終わり。

 ノインの祖母が作った本物の饅頭を食べながら、ノインと語り合っている。


「ほとんど覚えてる事は無ぇけど。ただ、王様の墓つくるってんで、でっけぇ石を切り出してたぜ」

「なるほど、ピラミッドか」


 具体的な時代は分からないが、ノインは元々古代エジプトに居たようだ。そこで死んで、この世界に転生した。

 転生者は別に2000年以降の日本からだけじゃない。地球の様々な時代、様々な国や地域から転生してくる。確か、もっとも未来で2000年代、最古だと紀元前3000年くらい出身者も居るという話だ。

 共通点は前世の記憶が曖昧なモノになっているくらい。あと、地球の歴史に名を刻むような偉大な人間が転生して来たという話は存在しないようだ。理由は良く分かっておらず、これを専門に研究している者も少なくないと聞く。


「けどよ、せっかく魔術なんてものが誰でも使える世界に来たんだぜ? だったら凄ぇ魔術を使ってみたいって思うじゃん?」

「だから村を出たかったわけか」

「そうそう。ここを出て魔術の勉強をしてさー、それで凄ぇ英雄になってさー……なんて考えてたりもしたんだよ」

「過去形……ということは、諦めたのか?」


 そう尋ねれば、彼は「そもそもな」と前置きしたうえで話し始めた。


「俺が持ってる記憶はビクトなんだよ。だからさ、魔王エイジって見境の無い怖い奴だな、って印象が強いんだ。この村にだって戦火は広がってきたし、魔王は敵って思ってんだよね」


 俺を最も憎む記憶が選ばれている。そのヴァルハイトの予想が正しいのであれば、最終的に世界を滅ぼそうとしたという「魔王エイジ」の……ビクトの記憶を持っていることは何も不思議な事では無い。

 その記憶を理由に魔王エイジを敵視するのも、恐れるのも普通の事だ。

 ただし。


「けどさー。カルツの奴らが言うにはさ、俺って人魔王の腹心? 腰巾着? 弟子?……良く分かんねぇけど、そういう立場に居たらしくてさー」


 それが全ての「未来」で同じだったとは限らない。


「それでさ、レウワルツってカルツの記憶持ちが殆どだろ? だから、肩身が狭ぇのなんのって」


 魔王エイジを敵視していても、別の「ルート」では魔王の側近になっている可能性もある。

 それは「記憶事変」が有する恐ろしさの1つ。


「そんなわけで。ずっと村を出て広い世界を見たいと思ってたけど、流石に止めたんだ」

「ま、妥当な判断ではあるな。……なぁ、1つ聞かせてくれ。その判断を、お前は後悔しているか?」


 見ず知らずの者達から覚えのない罪を糾弾される。その辛さは良く分かるつもりだ。

 彼が「人魔王に近しい人物」と認識されているのなら、成程この村から出ないのは合理的な判断ではある。

 ただ、それによって彼自身の長年の夢。広い世界を見たいという願いが潰されてしまったのだとしたら。

 それは酷く悲しい事では無いのか。

 そう思い、尋ねたのだが。


「……どうだろうな。けど、これで良かったのかなーとも思っているんだ」

「良かった?」


 彼の回答は少し違っていた。


「「記憶事変」とか「やり直し」とか難しい事は分からねぇけどさ」


 茶髪のクソガキ、ノインはそう前置きをしたうえで言った。


「そりゃあ、外の広い世界で名を上げるってのも面白いかもしれねぇ。けどよ、ババアの面倒を見ながら過ごしてる日々ってのを悪いとは思えねぇんだ。……「前回」の記憶を知って、そう考えるようになった」

「……成程な」

「だからさ、「やり直し」をさせてくれた誰かさんには正直ちょっと感謝してるんだぜ」


 彼は饅頭の最後の一口を口に放り込むと、タタッと駆け出し。

 ここ数日の悪天候が嘘のように晴れ渡った空の下、ニシシと悪戯っぽく笑いながら言った。


「何処の誰だが知らねぇけどな!」



◇◇◇



「……あんな考えをする奴も居るんだな」


 「魔王エイジ」が「やり直し」と「記憶事変」に深く関与している。そう考えるようになってから、正直かなり鬱鬱とした感情を抱えていた。

 「記憶事変」そのものが起こした悲劇もあまりにも多すぎたから。

 「前の俺」と「今の俺」は別人。そう割り切ったつもりでも、心へのダメージをゼロにすることは出来ない。

 だからこそ、あのクソガキの言葉には少し救われた気がする。


「ラット。天候も晴れましたし。そろそろ、この村を発つべきかと」

「そうだな。そろそろ行かねぇとな」


 目指しているのは東、「人間」以外の「ヒト」……即ち、異種族の支配領域。

 北の国「レウワルツ」から渡るには海峡を越えねばならず、ここ数日は天候が荒れていたために様子見をしていただけに過ぎない。


「ここまで来る途中で、そこそこの魔術触媒も用意できた。打てる手も前よりは増えている」


 フィデルニクスあたりは俺の行動を予測しているだろう。

 それでも、妹たちの情報を集めなければならないし、遅かれ早かれ行く必要はある場所だった。

 加えて。集めた情報を分析する限り、フィデルニクスは私怨で動くような男じゃない。

 ニュクリテスで対峙した時も会話する余地がありそうだった。

 ならば、奴に接触してみる価値は十分にある。

 他にはアドラゼールの意思を変える糸口が見つかれば最高だが、流石にそれは高望みし過ぎだろう。


「さて、と。お婆さんとクソガキに世話になった礼を行って、そしたら出発するぞ」

「承知いたしましたわ」

「……何度も言うけど、あんまり仰々しい言葉を人前で使うなよ。怪しまれるからな」

「申し訳……すみませんわ」

「大丈夫かなぁ……」


 目指すは、エルフの森「ルボワ・リエス」。別名、「大魔森林」。

 そこに待ち受けるモノは、果たして。



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