望まぬ展開 4
洋服屋さんもお洒落な雰囲気に包まれていて、同じく私が生きてきた中で訪れたことがないお店だった。いらっしゃいませという声が店内に響く。
「僕、メンズコーナー行ってるから好きなように見ててよ」
「ちょっと待ってよ。私ここに来るの初めてだし、何してていいかわからないよ」
私が慌てて言うと、蒼太はわかったわかったと言って、とりあえずは一緒に見て回ることにした。
レディースコーナーとメンズコーナーはエリアが分かれており、最初はメンズコーナーを見ることになった。
「メンズなんか見て楽しい?」
と蒼太が首をかしげるので、私は
「洋服の参考にはなる」
とだけ答えておいた。
彼が気になっている洋服を、私も追って覗いてみたりする。こういう色の組み合わせもあるんだとか考えたりしながら見て周った。
ある程度服を持った所で
「よし、試着して来ようかな」
と蒼太が言った。
「え、試着?」
私は思わず声を漏らしてしまった。
「もう買うんじゃないの?」
「何言ってるの。いざ着てみて似合わなかったら嫌でしょ」
と、蒼太は言って自分が選んだ服達を持って歩いていく。
後ろから付いていくだけの私を見かねてか、蒼太がこちらを振り返る。
「大丈夫?」
「え、大丈夫だよ、いいから早く行ってきな」
私が軽くあしらうと、蒼太は今来たばかりの道を引き返して私の目の前の所まで来ると
「じゃあ、今選んだもの似合うか見てくれる?」
と言ってきた。それも、とてつもない笑顔で。
まあ、断る道はないようだ。
彼が試着室に入っている間、私は何をしていいのかわからなかった。人とこういう場所に来たことなどはないし、ましてや異性とだなんて異世界の話だと思っていた。それがまさか蒼太の試着を待っているという状況になるとは。少し前の自分に伝えたらきっと腰を抜かすに違いないだろう。
そんなことを考えていると、試着室のカーテンが開いた。
「どう?」
と聞いてきた蒼太は先程とはまた違う雰囲気で、服でここまで変わるものかと思った。しかも、かなり似合っている。
「うん、良いと思う。凄い似合ってる」
素直な感想を述べると、彼はキラキラと目を輝かせ
「やった、じゃあ買いだな」
と言った。即決だ。
蒼太はまた元の服に着替えると、自分が買う服を持って
「すみません、これ全部買うので、少し置いておいてもらってもいいですか」
と店員に手渡していた。
「蒼太くん、買うんじゃないの?」
「え、だって深月ちゃんの服も見るでしょ?」
・・・・・・え、そうなの?
「そうなの、じゃないよ!僕だけ買って店を出るなんて、そんな事出来ないよ」
本気で言っているのだろうか。それとも優しさからだろうか。
「じゃあ、少しだけ見て周ろうかな」
私がそう言うなり、蒼太は私の腕を掴んでレディースコーナーに引っ張って行った。逃げるとでも思ったのだろうか。
「何着てみたい?やっぱりスカートとか?あ、シャツも良いかな」
何だか先程よりも楽しそうに服を見ている蒼太に、私は提案した。
「私、本当に自分に何が似合うかわからないの。だから、蒼太くんがプロデュースしてくれない?お金、払ってくれるんでしょ?」
蒼太は、最後の一言だけ余計だよと笑いながらも、良いよと言ってくれた。そしてまた洋服を品定めし始める。最初に言っていたスカートだったりジーンズを見ていたり、シャツを見つけて私の前に出して合わせてみたり。すると今度は
「ちょっと待ってて」
と言って、シャツ、スカートと今まで見てきたものから厳選してきたであろう服達を持って来た。
「はい、これ着てみて」
「え、これ全部」
「うん。セットで着てみてよ」
本当にこれを全部試着室で着させるつもりなのかと思う程の量だったが、蒼太は本気らしい。
「わかったよ。着てみるから待ってて」
私は蒼太から蒼太から洋服を受け取って、店員に試着室に入れてもらった。そして早速着替えを始めてみるのだけれど。
「・・・・・・何だこれ」
自分だったら普段絶対に選ばない様な服ばかりだった。これが男性の趣味というものなのだろうか。
とりあえず、服に腕を通してみる。
試着室の外で、蒼太がしきりに
「終わった?」
と聞いてくるので、その度にちょっと待っててと伝えなければならなかった。
ようやく着替え終わりカーテンを開けると、ずっとそこで待っていたであろう蒼太と目が合った。
「どう?」
私が首をかしげると、蒼太は目を丸くして
「僕、プロデュースの才能があるかもしれない」
とだけ言った。
「それは、似合ってるって意味でいいの?」
「もちろん。あれ、伝わらなかった?」
わからないよ、と言って蒼太の肩をつんと押す。
「悪い悪い、めっちゃ似合ってる。買ってあげるから、頂戴」
え、まさか全部?
「そう、全部。ほら早く」
蒼太はそう言って自分でカーテンを閉めた。私は改めて今自分が着ている洋服をまじまじと見つめる。
そういえば、私はこの洋服達の値段を見ていない。一体この量でいくらするんだろう。そんな事を考えながら、とりあえず元着ていた服に着替える。やっぱりずっと着ていた洋服の方がしっくり来る。
大量の洋服を抱えて試着室を出る。待ってくれていた蒼太にまた洋服を手渡す。
「本当にいいの?こんなに沢山・・・・・・」
「いいって。僕が似合うと思って選んだんだ。まあ、間違ってなかったね」
蒼太はそう言って私にゲッツのポーズをした。古い。
蒼太の会計が終われば二人で店を後にした。その後も美味しそうなお菓子を見て周ったり、蒼太が好きだというアクセサリーも見たりして、気付けば外はもう赤く染まっていた。
「意外と長時間になっちゃったね」
ごめんねと蒼太が言うので、私は首を横に振った。
「久しぶりにきちんと外に出たし、久しぶりに一日が楽しかった。ありがとう」
「そっか。じゃあ、また一緒に遊んでくれる?」
「暇だったら付き合ってあげる」
「暇じゃなくても付き合ってよ」
蒼太の言葉に発した本人も、私も笑った。あんなに恐れていた異性と普通に会話が出来ているのがとても不思議で仕方ない。
せっかくだからという事で二人の連絡先を交換した。これでいつでも連絡出来るねという言葉に、私は恥ずかしさを誤魔化すために彼の肩を強く叩いた。かなり強く。
「じゃあ、またね」
「本当にまた会うの?」
「もう、意地悪言うなよ」
と言って少し寂しそうな顔をする蒼太が、可愛らしく思えた。
家に帰ってから、改めて蒼太に買ってもらった洋服を広げ、眺めてみた。今まで全くと言って良い程家にはなかった系統の服だけれど、もう着るのに抵抗はなかった。
私は日記帳を取り出して、いつもより少し長く日記を書いてみた。
“今日は本当に久しぶりに人と遊んだ。しかも男性。でも楽しかった。この前、買ったばかりの卵を落とした時に買ってくれた人と同じ人だった。また遊びに連れて行ってくれるみたい。優しい人だった。病気が進行する前に、あと何回遊べるだろう。”