生きながらの死 4
男に買ってもらった卵で卵かけご飯を作る。
「赤の他人にもらった卵で作る飯は美味いか?」
と、頭の中のやさぐれた悪魔が言う。もちろん、不味くはない。
まさか思いがけないところで人と交流するとは思わなかった。それも男。
あんな赤髪でカツアゲしそうな人が、落とした卵を代わりに買ってきてくれるなんて、人は見かけによらないなと強く感じた。
お茶碗が小さいせいか、すぐに食べ終わってしまった。まだ腹は満たされていない。この生活を続けると、余命が来る前に餓死しそうだ。
部屋の隅っこには、先生に強制でつけろと言われた日記帳が三冊ほど積み重なっていた。
最初は何となく真面目につけていたのだが、段々面倒くさくなってきて、最終的には毎日
「だるい」
や
「眠い」
といった単語だけで済ませるようになった。生きる気力を一ミリも感じない日記だ。それでも一応習慣にはなってきたので先生の思うつぼといったところか。
以前大学で知り合った友人とも、少し前までは連絡を取り合っていた。しかし私が毎日日記をつけていることを知ると
「え、今どき日記?」
と思わぬことを言われた。確かにと思う部分はあったので何も言い返せなかったが、その言い方が明らかに馬鹿にしたような言い方だったので、そこからは連絡をとっていない。他の子の連絡先も全て消した。
そこまで自分は人と関わることが嫌になっていた。きっと私は、人との交流をないがしろにしたまま死ぬのだろうと思った。何だか、そんな感じがした。
とりあえず食べ終わった食器を台所に持っていく。これでも食器はほとんど店で買ったものだ。使い捨てにしなかった自分を褒めてあげたい。
洗い物をしながら、先程の出来事が頭をよぎった。
そもそも派手に転んだ人に駆け寄る人も少ないのに、あの男は何の迷いもなく私の所に来て声をかけてくれた元々の性格が良かったとしか思えない。私とは大違いだ。
久しぶりに優しい人に出会って、私は自分が嬉しくなっているということに気付いた。
ここの近くは特にお店があるような場所ではなく、俗に言う住宅街だ。私の家はマンションだけれど、一軒家もあったりして統一感はない。そんな道を一人で歩いていたのだから、あの人も家が近いのだろうかなどと考えてしまう。
「変な人だったな」
と一人つぶやいた。
夜も同じように簡単なご飯だけで済ませる。準備も出来たところで、さあ食べようとしたところだった。
床にある携帯がブルブルと震え始めた。この長さは、電話だ。
相手を見ると母からだった。私はまたかとため息をつく。
両親はいわゆる毒親だ。酒とパチンコに溺れた両親は、私のことをちっとも気にかけなかった。だから早めに家を出て、お金がなくても仕送りはもらわなかった。そもそも、して欲しいと言ってもしない人たちだろう。おまけに余命宣告だ。私の人生はとことんツイていない。
携帯をそのまま放置していると、着信音が止まった。いつもこんな感じだ。またかけてくるだろうけど。
そういえば、今日の分の日記がまだだったことを思い出し、日記とペンを取り出す。今日の分の場所に日付と一言、
「面白かった」
と書いて日記帳を閉じて放り投げた。