生きながらの死 3
私の家はマンションの二階。
元々高い所が苦手だったからこの階にしたのだが、今ではそんな自分を少し呪ったりもしている。
水色の古いドアを開けて玄関に入る。靴を脱いで、上着をリビングのソファに雑にかける。
洗面所で手を洗って、冷蔵庫を確認する。
「あ、卵がない」
卵があれば料理はなんでも出来るのに、なぜか卵を切らしてしまっていた。
深いため息一つついた後、ソファにかけた上着をもう一度着て、軽い荷物だけを持って家を出た。
卵の味にこだわる人もいるが、私はどうでもいいので、近くのコンビニに売っているものを適当に買っている。
今日も目の前にあったコンビニに入り、パックで売られている白い卵を買った。
店を出て家の方向に歩き出した途端、足が突っかかり前のめりに倒れる。
こういう時は、全てがスローモーションに見える。だからか、受け身は難なく取れた。
それに加えて、先程買ったばかりの卵が、パックを飛び越え汚いコンクリートの上にベチャッと落ちる瞬間もハッキリと見た。
ああ、もったいないなあ。なんて考えている間に、頭を強く打ち付ける。
あれ、受け身は取ったのに。
激痛。それより、卵を買ったお金が無駄になったことが悔しかった。
「痛ったぁ……」
「だ、大丈夫ですかっ」
男の声だった。見れば短髪の赤髪をした、同い年くらいの男が、私に走りよってくる。
「怪我してませんか?救急車呼びましょう」
「い、いや、救急車呼ばなくても大丈夫です」
それより卵が。と、私は床に落ちた卵を指した。
あ。と、男の口が開く。
「あ、待っててください。買ってきますっ」
男は、私が先程出て来たばかりのコンビニに駆け足で入って行った。
「いえ、大丈夫です……」
と、男にはもうとっくに届かない言葉を口にする。
突然走ってやって来たあの男は誰なのか。私には身に覚えもなかった。
大体、気持ち悪く落ちた卵を見れば、そうですか残念でしたねだけで済ませてしまいそうなものだが、あの男はそうではなかった。
少しすると、男はコンビニから出て来た。手にはビニール袋をさげている。中にパックの卵が入っているのだろう。
「レジ袋、有料ですよね?」
「いいんです。エコバッグも持ってないでしょ?」
その通りのことを言われて何も言えないので、静かにうなずく。
「やっぱり、へへっ」
変な笑い方をしながら、私にビニール袋を差し出してくる。
「はい、お待たせしました」
「あ、ありがとうございます」
礼だけ言って、その場を去ろうとする。
「あ、ちょっと待って」
男が私を呼び止める。何?もう用なんかないよ。
これ、と言われて渡されたのは、神社にある御守りだった。
「また転ばないように」
男は悪気もなく笑顔で私の瞳を見つめている。
「はあ、すみません……」
あまりもらいたくはなかったが、恐らく相手に悪意はないので、もらっておく。
じゃあこれで、と言って、半分駆け足で男から離れる。
男は戸惑いながら、片手で頭をかき、片手で私に向かって手を振っていた。
照れてるんだが、カッコつけたいんだかわからない。
何あいつ。
第一印象はそんな感じだった。