生きながらの死 1
自動ドアが開くと一気に駆け抜ける涼しすぎる冷風。
日常の中の一部と化した消毒液。
鼻にツンと来る室内独特の匂い。
診察券を機械に入れると、続いて保険証を入れるように案内される。
案内通りに進めると、今日の流れが書かれたレシートのようなものが印刷されて出てくる。
今日も、用事は一つだけ。
その紙に書かれた通りの階数のカウンターに行き、自分が来たことを伝える。どうやら、自分の番が来るまでかなりの時間を要するようだった。
仕方がないので、院内の角にある小さな本屋に向かう。利用者はいつも少なく、時間を潰すにはぴったりの場所だった。
本屋でぼーっと本の山を見ていると、色々なことが頭から離れていき、何だかすっきりするような感じがした。ここだけ、病院の重苦しい空気から離れているような、生と死とも関係がないような、空間ごと切り離されたような、そんな感じがした。
世の中の本屋もそうだが、ここにも沢山のジャンルの本が置いてある。ファンタジー、ミステリーからホラー、エッセイ本まで揃えている。病院の中の本屋にしては品揃えが良い方だろう。
本の中には帯に何とか大賞受賞作だの、誰々先生最新作だの、今注目の本とわかりやすく書いてあるものもある。これで、その時々の本の流行がわかる。こういったものを観察するのもまた気分が良かったりする。
ただ一つだけ、私がどうしても受け付けない文言が書かれている小説には、手を出さない。
「あなたはきっと涙する。」
何とも腹の立つ文言だと、初めて見た時は思った。それが余命僅かであったり、何か病気を抱えている人物が登場するものならなおさらだ、病気をお涙頂戴の道具に使わないで欲しいとさえ思う。当の本人は涙などとっくに枯れ果てる程の苦痛を味わうというのに。
最近は余命系が人気なのか、そんな文言が帯に並ぶ小説が多い。今日は見ていてあまり楽しくない。
ふと店内の時計を見ると、既に書店に来てから一時間も経っていた。そろそろ先程の病室の前の待合室で待機していた方が良いだろう。
何も買うことなく、踵を返し場所を戻る。
カウンターの受付に戻ったことを伝える。紙に書かれた番号の前でお待ちくださいと言われ、そのまま待合室にあるソファのような椅子に座る。
ここには沢山の、色々な人がいる。
待ちくたびれてしまったのか、母親に抱かれながら号泣している子どももいる。
静かな室内のせいで完全に爆睡してしまっている人もいる。私も待つことには慣れた。慣れ過ぎたと言ってもいいかもしれない。
別に具合が悪いわけでもないし、むしろ調子が良い日だってある。
ただ、死を待つのみ。
昔読んだ小説で、生きながらの死という台詞が出てくる。
今の自分は、まさにそう。
生きながら死んでいる。いつ自分の命が尽きるのか待ちくたびれている。
真っ黒な感情に取り込まれそうになると、自分の名前呼ばれる。
大きな音を立てないように立ち上がり、診察室の扉を開ける。
「こんにちは、深月ちゃん」
「先生も、こんにちは」
今日も息をしていることを、先生に確認してもらう。