聞きたくないの、そんなこと(聞きたいのは、違う言葉)(ロマンシス? 従姉妹同士)
「……あら。ご乱心?」
「マキ姉」
部屋に入って来たのは、従姉のマキ姉だった。
ご乱心、と聞いたのは、部屋のありさまを見てだろう。
そこいら中に転がった本や参考書、答案用紙。
ベッドに上半身を投げ出し、突っ伏している私。
──私は両親のもとから離れて、彼女の家、つまり叔父叔母宅に身を寄せている居候だ。そんな私に一部屋与えてくれ、塾にも行かせてくれる。
とても良い育ての親だと思うけれど、今はあまり良い感情を抱けなかった。
「模試、過去最高に良かったと聞いたのだけれど?」
「A判定」
「まあ! 初のA判定ね。おめでとう」
マキ姉が、横に座ったのを感じた。
「そんなにおめでたい結果なのに、えらくぐしゃぐしゃにしてしまったのね」
マキ姉は、傍に転がっていた模試の結果用紙……丸めてしまったので、本当にぐちゃぐちゃだ……を拾い上げ、広げていく。
「……だって」
私は、ベッドから顔を上げ、言った。
みんな、みんな言うんだもん。
先生も、おじさんもおばさんも。
『もっとがんばれ』って。
あれだけA判定取れ、A判定を取らなきゃダメだって言ってさ。
A判定取ったら取ったで『もっとがんばれ』だよ?
もっとがんばれって何? がんばったからA判定取れたんだよ? 自己ベストだよ?
普通、そこは第一声『よくがんばった』でいいんじゃないの?
『これは受験じゃないだから』って、そんなの知ってるし。
『受験まで維持しなきゃ』って、そんなのもわかってるし。
知ってるし、わかってるから、欲しいのは『がんばれ』じゃないの。
『がんばったね』なの。
それが、モチベ上がるの。
今後の為に私はモチベを上げたいの。
何でそれがわからないかなあ。
言葉は、あとからあとから、噴水のように湧き出て来た。
愚痴の噴水、なんて、綺麗じゃないよなぁ。
それでも、マキ姉は「うんうん」と黙って聞いてくれた。
私の傍に座って、頭も撫でてくれる。
「がんばったのにね、そこを認めて貰えないのは、辛いね」
「…………うん」
マキ姉は、私の愚痴を「甘え」と言って切り捨てない。
口だけでもない。本当に認めてくれているとわかる誠実な声。
「人類みんな、マキ姉みたいなのだったらいいのに」
「あはは。それはそれで、どうなのかしら」
明るく、マキ姉は笑った。
「ナナはがんばってる。私は、それをよく知ってるわ」
「……私も」
私は、マキ姉の手を握る。
「私も、マキ姉ががんばってるの、知ってるからね」
マキ姉の目が、丸く見開かれた。
「夜遅くまで勉強したり、色んなジャンルの本を読んで、消化して、自分の知識にしたり……すごいなって思う」
「……あなたは、本当に」
マキ姉の腕が伸ばされて、ぎゅっと抱き寄せられた。
「あなたは、よく人を見ているのね。それは、とても美徳で、長所だわ」
マキ姉からは、シャボンの良い香りがして、不思議とドキドキする。
「人類みんな、あなたみたいだったらいいのに」
「それは、どうなんだろう」
私たちは、顔を見合わせ笑った。
私たちは、お互いを知っている。
そのことが、お互いの中でとても大きく、力になっている。
私たちはそれを知っているから今日もまた、止まらずにいられるのだ。
END.