私の王子様:中編
…私はまた気を失っていたのだろうか? さっきまで窓(?)の外に見えていたのは夜空(いや、宇宙かな?)だった。
でも今、目前には見渡す限りの美しい蒼穹が広がっている。
これは空に浮かんでいるのかしら…?
さっきから訳のわからない事だらけ。これは一体……。
「これは一体何が起きているんだ?! ここはどこなんだ? 地上なのか? 俺はさっきまでS&Bの基地攻略作戦に参加して… 幽炉も一気に30%以上も減っているだと…?」
同乗者の男性も状況を理解できていないみたい。そう言えば今気がついたけど、この男性の言葉って外国語だ。
多分ドイツ語なんたけど、私には何故か完全に理解できる。同時に私の言葉も日本語のはずなのに彼は理解できているみたい。
ホントに何なのこれは? 夢にしてはえらくリアルだけど、現実にしてはまるっきり現実味に欠けている。
訳の分かっていない人間が2人いるだけだ。
《あの、とりあえず今の状況を教えてもらえますか? えと、私は春日井すみれと申します》
目の前の男性はどこかに連絡を取ろうと、様々な相手に通信を試みていた。今の私には頼れる人間はこの人しかいない。顔は好みなのだから、せめて乱暴な人では無い事を願う。
「はっ、そうだ。君の事も対処しないとな。私はブレニス・ギュンター中尉。所属は欧州帝国の第19機甲師団だ。君は帝国の人間では無いよな…?」
ていこく? きこうしだん? 何の話?
《私は日本人です。ごめんなさい、その、『おうしゅうていこく』というのは存じ上げませんが…》
私が入院している間に新興した国だろうか? それにしても『帝国』だなんて随分仰々しい物を作ったのねぇ。
「欧州帝国を知らない? 『日本』と言う事は、君は大東亜連邦の人間なのだろう? 東亜では歴史を教えてないのか?」
なんだか呆れられた。その『だいとうあれんぽう』という言葉にも聞き覚えは無い。更に混乱してきた。
「まぁいい。一度落ち着いて状況を整理しよう。どこか降りられそうな場所は…」
眼下に広がっているのは広大な森だ。小さな空き地を見つけてそこに着陸した。
「さて、フロイライン、君はどこに居るんだい? まさか機体の背中に貼り付いているとか言わないよな?」
ギュンター中尉が後ろを向いて何かを探す仕草を始める。
どこも何も私は貴方の目の前に居ます。ギュンター中尉のお顔が私の目の前にあります。ちょっとドキドキしてしまう。
《あ、あの、私はどこにも隠れていません。貴方の目の前にいます、けど…》
私の声にギュンター中尉は動きを止めて、やがて顔が青ざめて震え出した。
「え? な、なぁ、君ってひょっとして『幽霊』だったりするのかい? ここはひょっとして天国なのかな…?」
私が見えてない? 確かに私自身目と耳と口は使えるけど、その他の手足は全く動かせない。
《そう言われると明確に『違う』と言えない自分がいます。私って死んでオバケになっちゃったのでしょうか…?》
きっと「死にたい」とか思って寝たから、無意識に舌とか噛み切って死んじゃったんだわ。
…そんなぁ、死んでしまうなんてあんまりだわ。私にはまだまだ… まだまだ…?
いや違う! 私はあの窮屈な病院から逃げ出したかったはずだ。エルザさんの言葉に拠れば、恐らく私の魂はあのキラキラしたロボットに封じられたのだろう。
てっきり『パイロットになってくれ』という話かと思っていたが、まさかのロボット本体になる展開は予想外だ。
でもまぁ、どちらも自分の思い通りにならない体なら、女だろうがロボットだろうが構わない。むしろロボットの方が関節も痛まないし、憂鬱な生理痛とかも無くて好都合だろう。
『人間を辞めた』事に対して、親に対する些かの罪悪感はあるが、新たなる『自由な』人生の皮切りに、私の心は逆に踊っていた。
だってイケメンも一緒だし。
《あの、ギュンターさん、多分このロボットその物が私なんだと想います。貴方、このロボットのパイロットなんですよね? どうか私をこのまま置いておいて貰えませんか…?》
私の申し出にギュンター中尉は考え込む様に下を向いて目を閉じた。イケメンの憂いを含んだ表情がちょっとグッとくる。
そんな場合では無いのは理解しているが、私の言葉で大人の男性を困らせている、と思うと何とも表現しがたい達成感と言うか小さな征服感がある。
しばしの黙考後、ギュンター中尉は決意をした様に顔を上げた。
「まずは原隊に復帰する事が第一ですね。貴女の処遇についてはそれまで保留とします。でも貴女は民間人ですからね、小官が全力を以てお守りいたします」
『全力で守る』なんて男性に言われたのは初めてだ。口調が丁寧に変わっても、その情熱的な物言いに少しだけドキッとしてしまう。
相手にそんな気は(多分)無いのに、1人で勘違いするイタイ女にはなりたくは無いが、主治医以外の男性と口を利くのも久しぶり過ぎて、こんな事態なのに少し舞い上がっている私が居た。
「『輝きの騎士』の幽炉が話しかけてくる、と言う戦場伝説は聞き及んでいますが、まさか貴女の様な人が居るとは夢にも思いませんでしたよ。きっと貴女は天から遣わされた戦乙女で、小官の守護天使なのでしょう」
あらイヤだ『天使』だなんて… あー、ダメだ。私もうこの中尉さんを好きになりかけている。そんな安い女のつもりは無かったけど、永い入院生活で男性に対しての免疫力がすっかり落ちているせいかな…?
「ただ、幽炉の残量が一気に減ったのが気になりますね。出撃前は新品だったのに、今では70%を割り込んでいる。これは心配です…」
その『幽炉』と言うのが、このロボットの電池みたいなものなのかしら?
《えっ、と… 参考までに聞きたいのですが、その幽炉とか言うのの残量がゼロになったらどうなるんですか…?》
「…確実なのは機体は動けなくなります。小官は専門家では無いので、貴女の精神がどうなってしまうのかまでは分かりかねます…」
…このお茶を濁されている感覚、お察しだわ。
いずれにしても味方の部隊とやらが居るのならば、合流しない事には話が進まない。
「そして… ここは何処なのでしょう? そもそも地球なのかどうかすら…」
ギュンター中尉がなにやら地形図や何かのグラフとにらめっこしつつ頭を捻っている。確かに私が目覚めた段階で宇宙にいたのなら、いきなり青空の中にいる事もおかしい。
「…この近辺の地形データに合致する地域は無い…? 更に50km先に集落がある… だと? バカな! 地球への入植はまだ解禁されていないんだぞ?」
苦悩するイケメン… おっと、見惚れている場合では無い。私も大事な事に気がついてしまったのだ。
《ねぇ、ギュンター中尉… あの太陽ってここでは普通ですの…?》
「うん?」
2人で見上げた空に燦々と輝く太陽。それ自体は見慣れた物で特筆すべき事は無い。その数が『2つ』である事を除けば……。
「すみれさん…」
《は、はいっ?!》
男性に下の名前で呼ばれるなんて久しぶり過ぎて、挙動不審な返し方をしてしまった。
「その、小官は一介のパイロットであり、専門的な事は分かりません。なので、これはあくまで仮説なのですが…」
《はい…》
「我々は虚空現象に巻き込まれて次元の異なる、いわゆる異世界に飛ばされた可能性が大である、と申し上げます…」
へぇ、異世界…?
えっ? 異世界?!