追放された最弱職『聖人』実は唯我独尊だった―元のパーティメンバーの方々が頼むから戻ってくれと仰っていますが……決して遅くありませんし微力ながらお力添え致します―
「ゴラルタさん……悪いけど、あんた追放な」
リーダーの剣士……トマ様の声に、私は俯きながら答えた。
「そうですか……私も力不足は十分承知しておりました……」
「いや、あんたはいい人だとは思うよ。でも、ゴブリン一匹倒せないんじゃあねえ」
「申し訳ございません。私も覚悟を決めていたつもりだったのですが……モンスターとて、命ある存在なのです。無暗に傷つける事はどうしても出来ないのです」
自責の念から深く頭を下げた私に、魔術師のルイーズ様が声を掛けてくれた。
「あなたの人柄は素晴らしいと思いますが……回復魔法は私で間に合ってますし……」
私は深く頭を下げる事しか出来なかった。
「お二方のおっしゃる通りです。私はもっと修行を積んで出直す事に致します」
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私はパーティを抜け、山に籠って修行を再開した。
人々の為になりたいと不人気職の『聖人』スキルを伸ばして来た私だったが、まだまだ精進が足りなかったようだ。
ギルドの受付の方が、私のスキルレベルに「前代未聞だ」と驚いていた事があったので、無意識のうちに驕りが出てしまったのかも知れない。
……恥ずべきことだ。
座禅を組んでの滝行と山登りでの足腰の鍛錬に加え、食事制限で心身共に自分を見つめ直していく。
……そんな日々が一年続いた。
私は滝つぼに座り込み、瞑想をしていた。
「……おい、こんな所にニンゲンがいるぞ」
低い声がそう言った。
私が目を開くと、そこには緑色のモンスター、ゴブリンの姿があった。
「ほんとだ」
「殺しちゃおうぜ」
5頭のゴブリンが、私の周りを取り囲んだ。
しかし、私は動じる事は無かった。
「私をお食べになるならどうぞ」
「別にたべねーぞ。まずそうだし。殺して遊ぶだけだ」
私は、軽く息を吐いた。
そして、少しだけ悲しみを感じてしまった自分の心を恥じた。
「……私はまだ驕りを捨てきれていなかったようです」
ゴブリンの方々の血肉となり、自分の命に意味を見出そうとする驕り。
私は気付いていたはずだった。本当に大切なのはかりそめの命ではなく、今この瞬間世界が存在している事であると。
私は、まだ完全に自己を捨てきれていなかった。
私に残された時間は少ない。
だからこそ、私は今この瞬間を生きる。
「げっ……! 何だこいつの目……妙だぞ」
「殺される奴の目じゃねえよ……どうなってんだよ」
私は、ゴブリンの方々に微笑みかけた。
「なんか……俺すごく悪い事してる気がして来た……」
「俺も……」
「お前何なんだよ……俺達が怖くないのか?」
私は、ゆっくりと口を開く。
「あなたの目に映っている私は、かりそめの存在に過ぎません」
「何か知んないけど……こいつすごいぞ……」
「あの……もっと話聞いていいですか?」
私はゴブリンの方々をじっくりと見つめ、大きく頷いた。
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私と問答を繰り返すうちに、ゴブリンの方々は沈痛な面持ちになってしまった。
しかし、何か気付きを得る事が出来たのか、その黒い瞳は美しく澄み切っていた。
「……俺達なんて酷い事を」
「罪のない人たちを無暗に殺したりしてごめんなさい……」
私は、涙ぐむゴブリンの方々を一人一人しっかりと見つめた。
「すべては思い通りにはなりません。しかし、すべては繋がりの中で変化していくのです。その事をどうか忘れないでください」
「俺、心を入れ替えていいゴブリンを目指します!」
「俺も!」
ゴブリンの方々は、憑き物の落ちたような活き活きとした表情で私に感謝の意を伝えると、去って行った。
――さて……私も行かなければ。
私は、修行によって強くなったつもりも、成長したつもりも一切無かった。
それどころか、日々自分の無力さを痛感させられていた。
しかし……いやだからこそ、やらねばならない事がある。
そう思い至った私は山を下りて行った。
そして、モンスターの方々や苦しむ方々と問答を繰り返しながら、当てのない旅を続けて行った。
気付いたら私はSランク冒険者になっていた。
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針のように尖った岩山の麓。
大きな緑のドラゴンが、うなだれるように頭を地面に付けていた。
「すまねえ……俺は人間を殺せば強くなると思い込んでいたんだ……」
ドラゴンの紅い瞳は涙で滲んでいる。
「まやかしに囚われてはなりません。全ては靄のような物です……ただ確かなのは……今この瞬間だけなのです」
「ありがとう……もう悪い事はしないよ……」
「あなたがより良く生きられますよう……」
ドラゴンは、大きな羽を広げて飛び上がった。
私は山の彼方へと飛び去って行くドラゴンの背中を見つめていた。
「ゴラルタさん……」
振り返ると、以前のパーティメンバーのトマ様とルイーズ様の姿があった。
「まさか……Sランククエストを一人で?」
そう言ったトマ様は、信じられないというような顔をしていた。
「私は、何もしていません。あのドラゴンの方が……気付きを得てくださったのです」
「あんた……すげえよ……」
「いえ、私はまだまだ若輩者です」
微笑んだ私を、トマ様は真っ直ぐに見つめていた。
「いつぞやは追放してすまなかった! ……今更かもしれないが、どうか頼む! またパーティメンバーに入ってくれないか?」
「私もごめんなさい……もう遅いかも知れませんが、もし良かったらお願いします」
トマ様に続いて、ルイーズ様も深々と頭を下げてしまった。
「どうか頭をお上げください。もちろん微力ながら、お力添えさせて頂きます。ただ、モンスターの方々を無暗に傷付けるのは止めて頂きたいのです。誰もが気付きを得る事で変わっていける筈ですから……」
「もちろんだ! またよろしくな!」
「あらためてよろしくお願いします!」
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それから1年後、気付きを得た魔王様と国王様の講和を切っ掛けにモンスターが人々を襲う事も無くなり、世界に平和が訪れた。
「ほんとありがとな。全部ゴラルタさんのお陰だよ」
「いえ、私の力などほんの小さな物です。多くの人々がまやかしを捨て、本当に大切な物に気付いてくださった……それだけです」
「あの、もし良かったらまた一緒に冒険しませんか?」
「ルイーズ様……申し出はありがたいのですが、私にはまだやるべき事があるのです」
「そうですか……」
「そっか。じゃあなゴラルタさん。あなたの事は忘れないぜ」
私は静かに手を振って、町へと草原の道を進んで行く二人を見送った。
それから私は山にこもり、一人修行を再開した。
私はまだ、完全に自己を捨て切れてはいなかった。
いつか、次なる境地に辿り着けるまで、私はこの瞬間を生き続けよう。
私の求道の道は始まったばかりだった。