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無事に脱出できました



 それから私たちは、ヴィクトリア嬢に示されたルートで逃走した。


 ピートはヴィクトリア嬢の去った方向を何度も振り返っていたが、彼女の姿をどこにも見つけることは出来なかった。


 裏口の戸をくぐると、近接して建てられた二階建ての納屋が、轟々と燃えていた。ヴィクトリア嬢の仕込んだ火薬が、良い働きをしたようだ。


 煙が立ち込める庭を抜けると、そこには馬車が待っていた。馬は騒ぎのせいで少し興奮していたが、なんとか宥めることが出来た。


 屋敷を離れるとき、ピートが振り返りジッと動かなかった。屋敷からは、男たちの叫び声と、時々銃声が聞こえる。

 ピートは死にそうな顔をして今にも屋敷に戻りそうだったが、私は彼を馬車に押し込め馬を走らせた。


 必死で馬車を走らせ、私たちは合流地点であるシュラットン卿宅に着いた。

 シュラットン家は大きな屋敷で、歴史を感じさせる佇まいだった。


 驚いたことに、シュラットン家には沢山の衞士を従えたカラム卿が待ち構えていた。


「無事だったか!ピート!」


 オリバー・カラム卿は、弟の姿を見つけると、その威圧的な顔を綻ばせて喜んだ。


「君たちも無事で良かった、シュラットン!ターナー君!」


 ピートは足を引き摺り兄の元へ近づくと、必死の形相で叫んだ。


「兄さん!衞士を貸してください!彼女の元に戻らなければ!」


「彼女?誰のことだ、ピート?」


「説明は後です!早く衞士を!嫌、銃でいい!俺が1人で行くっ!」


「待て待て待て待て!お前怪我人だろうが!大人しく治療を受けろ!その怪我でまた戻ったら本末転倒だろうが!」


 私は慌ててピートを引き止める。


「離せ、ギレット!」


「おいおい、ピート。どうしたんだ?」


 いつも冷静沈着。精密機器のような弟の、いつになく取り乱した様子に、カラム卿は戸惑いながらも声をかける。


「えーっと、カラム卿。我々は組織の隠れ家の一つに囚われていまして、そこに私の妹が助けに来たんです」


 見かねたシュラットン卿がカラム卿に説明をする。


「妹?弟ではなく?」


 カラム卿の疑問は尤もです。私も実際体験しなければ、同じ事を聞き返していたと思います。


「はい、妹です。私の妹は、その、少々御転婆でして」


 ドレスに銃を隠し持ち、ピン一本で鍵を開ける女性を御転婆と評するとは。なかなか独創的な表現である。


「そ、それで、妹君はどうした?」


 あのカラム卿が動揺している。


「はい。私たちを逃すために囮になって、敵を陽動してくれています。ソロソロ戻ってくる頃合いですね」


 シュラットン卿は淡々と答える。その様子は全く心配しているようには見えない。

 そういえば、彼はヴィクトリア嬢の登場に驚いていたが、囮になると言った時、心配している様子はなかった。妹に向かって大丈夫か?の一言もなかったのだ。


「だ、大丈夫なのかね?確認するが、君の妹、その、ご婦人が、敵の陽動をしているのだよね?」


「はあ。あ、敵は12人と言ってましたから、ここまで妹1人で連れて来るのはさすがに難しいかと。応援を2、3人向かわせて頂くと助かります」


 あくまで淡々と、必要事項のみ伝えるシュラットン卿。カラム卿はますます混乱を深めている。


「ジム!」


 そこへ、空気を断ち切るような鋭い声が聞こえた。

 視線を向けると、杖は突いているものの、大柄な矍鑠とした初老の男性が、非常に恐ろしい顔で立っていた。


「無事か?ヴィクトリアは?」


 男性の傍には不安げに立つ可愛らしい女性がいた。腹部がふっくらと盛り上がっている。


 その様子から、大柄の男性は先のシュラットン卿、シュラットン兄妹の父親、そして女性は現シュラットン卿の、えぇい、ややこしい、ジムでいいか。ジムの奥方だろう。


「あなた!」


 ジムの奥方が彼に飛びついてきた。その顔は涙に濡れている。連れ去られた夫を心配していたのだろう。私も妻のそばに早く帰ってやりたいものだ。


「サリナ、心配かけてすまない。お腹の子に変わりはないか?」


 ジムは奥方を優しく抱きとめ、その背をさすった。夫婦仲は良好のようだ。


「おい、ジム!ヴィクトリアはどうした」


 父親の老シュラットン卿の焦れた声に、妻と見つめ合っていたジムが顔を上げる。


「あ、父上。まだお休みじゃなかったんですか?」


「息子が行方不明、娘がその救出に向かっているという時に、ぐうぐう寝ている父親がどこにおるか!」


「それもそうですね」


 ジムは呑気に父親に答える。

 ヴィクトリア嬢も肝が据わっていると思ったが、ジムの方もなかなかだ。牢の中では気づかなかったが、あのカラム卿に見込まれているだけはある。恐ろしい顔の父親の叱責を、ものともしていない。


「ヴィクトリアは私達を逃すため、敵の組織の陽動をしています。そろそろ戻って…」


「敵の組織の陽動だとっ?」


 老シュラットン卿の顔が赤黒くなる。


「なんてことだっ!お前はなぜそんなに平然としている!カラム卿!すぐに助けを!」


 老シュラットン卿がカラム卿に吠えるように叫んだ。カラム卿が頷いて、衞士たちに指示を出す。


「父上、カラム卿、落ち着いてください。それ程の手勢はいりません。12名の敵を運ぶだけですから」


「何をバカなことを!相手は12名もいるんだぞ!ヴィクトリアも捕らえられているかもしれないっ!あの子に何かあったらどうするんだっ!」


 老シュラットン卿の言葉に、ピートの身体に一層力が入った。言ってなかったが、私は今にも飛び出していきそうなピートの身体をずっと押さえ込んでいたのだ。


 暴れるピートに四苦八苦しながら、私はジムの方を見た。


「あー、父上…」


 ジムはまるで、出来の悪い生徒を見るような目で父親を見ている。声にも呆れが混じっている。


「父上や皆さんがそうやって大騒ぎして心配していらっしゃる相手は…」


 はぁっとため息をつく。


「あの、()()()()()()なんですよ?」


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